第12話 追う者



 辿り着いたのは出口のあった場所から、そう離れていない。山の敷地では端に位置するこの場所。

 周囲の木々や雪に隠れ小さな入口が顔を出していた。正規の道から大きく外れてる為、地図でもなければ辿り着くことはおろか、迷子になってしまう。


「ここがそうか?」

「はぁ……はぁ……」

「どうだって聞いてるんだよ!」

「ッ!」


 乱暴に蹴り飛ばすが、少女はもう呻き声しか出すほどの余力しかない。

 

「ちッ、まぁいい……確かに隠れ家には丁度良さそうな穴だな」

「……」

「おら、いくぞ!」

「……」

「黙ってんじゃねぇ!」

「はッ…」

 

 頬を叩かれるが、瞳には澱んだ光しか写さない少女に、男は舌打ちをする。


「さすがにやりすぎたか?」


 軽く頭を蹴るが、反応が薄い。辛うじて生きている、といった所だ。


「面倒だな……!?」


 咄嗟に前に屈み、飛来してきた“雪玉”を避ける。


「誰だ!?」


 木々や茂みに向けて銃を向ける。威圧に空へ向かって一発だけ撃ちこむ。


「……出て来い。さもないと、このガキのドタマぶち抜くぞ!!」


 ダラリとした、体中の力が入らない少女の首に、自分の腕を巻き付けながら頭に銃口を突き付ける。


「……分かった」

「やっぱり、てめぇか!」


 物陰から出てきたのは青年だ。ただ、目の前の男と同様に、顔にいつもの余裕はなかった。あるのは焦りと疲労と、緊張。


「なんでここがわかった!?」

「……」

「答えろ!!」

「ここは元から、僕と彼女の落ち合う場所だった。途中からは血の跡が道標代わりだったが……」

「このガキのか……」

「僕もひとつ聞く」

「あぁ!?」

「花売り君のその傷。それはお前がやったのか?」

「はッ。このガキ、大人しくしとけば、こんな事にならなかったのになぁ」

「そうか」

「おい、ここに何があるんだ? このガキは何も答えなかったけど、お前なら答えれるだろ」


 突き付けた銃の引き金にかけた指に力をいれる。一触即発な状況は、さらに緊迫した方へと転がる。


 多少怖じ気付きながらも、すでに常人とはいえないくらい切羽つまった精神状態の男には、大して効果は無かった。


「……」

「この場で、てめぇが死んでくれたらこのガキはすぐに解放してやる」


 少女に突き付けていた銃口を、そのまま青年の心臓へと合わせる。


「まぁ、何があるかは俺が調べたら分かる話だしなぁ。てめぇは黙って死んでくれたらいいんだよ」

「……ッ」


 実はというと、青年には余力が無かった。軍用犬と兵士を戦った際に力を使い、かなり消耗している。

 

「僕は……僕は!」

「あぁ?」


 焦りを見てとった男は、ニヤニヤと笑いながら引き金を引こうと――、


「……め」


 か細く、そよ風にも負けてしまいそうなくらい弱い声。誰の耳にも入らなかった。だが、


「だめ……」


 小さな小さなかがり火になろうとも、確かな意志をもつ彼女の発する言葉は、炎にも勝る彼女自身の力となる。


「だめッ!」

「なッ!?」


 すべての力を振り絞り、男の顔――眼の辺りを叩く。

 思いもよらない場所からの攻撃に、男は怯み、銃口はあさっての方角を向いた。


「ふッ!!」


 最初で最後の好機。青年もまた全身の力を振り絞り、少女を救おうと走り出した。

 しかし……ここは雪の積った土地。陸上なら驚異的な動きをする青年も、辿り着くのに少しだけ時間がかかる。


「このッ……!」

「あ――」


 一瞬早く、銃口は少女の胸元に定められ――


 パンッ――乾いた音がひとつ、雪山に響き渡った。

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