楽園の花

ゆめのマタグラ

「黒い赤」

「はぁ、はぁ……」


 街は絶望と混乱、悲鳴に包まれた。

 戦争という災厄は、ついにここまでやってきたのだ。


「くッ……」


 窓から差し込む赤い光に照らし出された廊下を、1人の少女が歩いていた。

 美しく、華奢で小柄な少女は、ゆっくりと、しかし確実に前に進んでいる。


「ぅッ……ぁ」


 腹から込み上げる吐き気をなんとか我慢する。先ほど、人が焼ける臭いをたくさん嗅いだからだ。

 戦火は、少女の思い出の詰まった街を破壊し、蹂躙していく。大切な人の死も、友達と過ごした毎日も――彼との出会いも、すべてが飲み込まれていく。


「先生ぇ……」


 時折こぼれる彼の名前。少女は、彼を探して屋敷までやってきたのだ。

 しかし、数ある部屋を探そうとせずに、彼女はある場所へと向かっていた。

 

 と、その時だ――。

 

 強烈な爆音と振動が屋敷を襲った。


「きゃ……ッ」


 衝撃で廊下へと叩きつけられる少女。さらに――窓のガラスが割れ、それらが少女へと降りかかった。


「ぁ、くッ」


 身が切れ、白く簡素な服が血の色で染まっていく。

 幸いにも急所は大丈夫だったが、それでも幼い少女の体力と気力を奪うには充分だ。


「……行かないと」


 どれだけ体に傷が刻まれても、服が己の血で汚れでも、彼女は決して歩みを止めない。止めないのだ。


「はぁ、はぁ……くッ」


 時折、血が足りないせいか気が遠くなる。その度に、自分の舌を噛んで意識を呼び戻す。口の中は鉄の味しかしない。


「先生の所に……」


 そして、少女は目的の場所――屋敷の屋上へと辿り着いた。

 真っ先に、屋上の端に佇む、フードのついたコートをはためかせた一人の男を見つけた。


 そう。

 彼こそが青年であり、先生と呼ばれる存在。


 少女のすべての人生を覆し、変えた人。


『ハナ君』


 少女に向かって振り返ったその顔は――優しくて、どこか悲しい、あの時の顔をしていた。


 2人が出会った、あの時の……。


 これは、1人の絶望に生きた少女と、謎の青年が紡ぐ、不思議な物語。


 世界を巻き込んだ奇跡の序章である。

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