断章「幕間と、未来と、作戦会議」 3

 ふふっ、と彼女は笑う。

「いいのいいの、それで。でもね、虚人てきにだけは、躊躇ためらっちゃだめだよ~。私たちの目にはあいつが人間の姿をしてるだけだって判別がついてるからいいけど、しょせんは他人から奪った感情とか意志とかで動いてるだけなんだし。

 ユカリちゃんが何回かだまされてひどい目にってるのも、でしょ。

 ユズちゃんは本能的に敵だって認識してるからわかるとして、セーシローくんはユズちゃんを殺されてるから容赦しないわけだし。私はそもそも、手加減する気もないしね。イクトくんもけっこうキレてたけど、もうちょっと威力を出して。ユカリちゃんの目の前で戦うことに抵抗があるのは理解するけど、ユカリちゃんの心を守るのは。ミユキちゃんでさえユカリちゃんのことで怒ってるんだから、不甲斐ふがいない男子たちはもうちょっと頑張って欲しいな~」

 清史郎を除いて、三人が言葉に詰まってしまう。ゆかりを助けるための刹那、もっとも短い時間で虚人を圧倒するのはユズだ。その次が意外にも清史郎である。治癒能力に特化している清史郎が、その威力を攻撃にすべて振った結果として、ユズに匹敵する速度で虚人をゆかりのもとから遠ざけているのだ。

 あえて清史郎は言わないし、いまだにユズの両耳をふさいでいるが、なにもユズのためだけにしているわけではない。それは早霧もだろう。

 ゆかりが絶望し、何度も立ち上がる姿を見ればなにも思わないわけはないのだ。そしてあまり感情の起伏が見えないユズが、彼女があの刹那に現れた途端にに怒りを思い出して虚人を一気に叩きのめすのは、さぞ圧巻あっかんだろう。だが一対一で戦って敵を退しりぞけることができても、消滅させることは不可能だった。それは敵が、魔力を常に取り込み、こちらの攻撃速度よりも上回る再生能力を持つためだった。

 ほんの一瞬、針を通すよりも細い細いその時間でユズは敵を圧倒するが、あっという間に再生されてしまう。あと一歩で、『届かない』。

 そしていっときの、その邂逅かいこうは消滅する。

「あの厄介な再生能力がある限り、わたしでも倒しきれない」

 ブツン、と音声と映像がそこで途切れた。



「少しずつ、複数人数になってきたよね!」

 意気込んで言う晴夏に、妹の深雪もうなずく。ビルの屋上。空にはまたたく星。

 しかし悠一は渋い顔をしている。

「でも、能力数値が高い一号や八号が、毎回一人だ。分断されてる……」

「よほどこっちの脅しが効いてるのか、大人しくしてると思ったけど……私たちじゃなくてイクトくんだけに標的を絞ってるくせに、変なことしてるからでしょ?」

「本来なら、こんなにいびつになってない状態なのに、記録を持ち越してるからなんとか六号を弱体化させたいんだろうけど……反発してその反動がオレたちに出てる。複数人数であの瞬間に出現できるのはいいけど、決め手に欠ける」

 くやしさに震えた声を洩らす悠一とて、最大四人までで戦えたからなんとかなるかもと期待をしたのに、それでもダメだった。やはり敵の手の内を見破って、さらにダメージを与え続けなければ勝てない。

「七号、おまえは今まで通りすればいい。合流をすればいいんだろ、わたしと清史郎が」

 絶望と悲壮がにじんだ雰囲気の中で、平然とユズがそう言い放った。

「清史郎、できるな?」

「もー、無茶ばっかり言う……。できるよ、できる。やってみせる」

「よし。あと必要なことはなんだ? 言ってみろ、四号」

「え……二人が見た魔法陣てのが、やっぱりなにか関係してると思う。再生能力があんなに強力なのもおかしいし、やっぱりあれは何かの装置じゃないかなって思う、けど」

「……装置か。じゃあんだな?」

 あっさりと言うので、さすがに清史郎を除いた全員が狼狽ろうばいする。

「いちごう、目が……」

「わたしがダメでも、清史郎がいる。必ずその魔法陣とやらを破壊してやる」

「でもユズちゃん、ほんとにできるとは……」

「わたしができると言っている。やると言っている。だから、やってみせる。なにか文句があるのか」

 静かに言うユズは、片手に持つ日本刀に目を落とす。

「どんな小賢しいことをしているのかわたしにはわからん。四号、引き続き、分析しろ。五号はなるべくダメージを与えろ。

 二号と三号は、六号の生存を優先させろ。清史郎はわたしほどとは言わないが、戦えるように準備しろ」

 有無を言わせない空気に、ひりつく。全員がうなずいた。

「わたしと清史郎が同時に出現できるのは、ほぼ皆無だ。だから、それができた時、そこで虚人を仕留しとめる。絶対にだ。

 一人も欠けるな。全員、出せる力を、出し尽くせ。やり過ぎと思うくらいでいい。――――やれ」

 絶対的な命令に、身体の奥がしびれる。そしてこの静かな言葉で運命は決まった。

「できるできないじゃない。できるように、なれ。いいな?」

 じゃあ。

「全員、そなえろ」

 ぶつん、とそこですべての音、すべての色が消えた。



 虚人が異世界の魔術師というのならば、そこに理屈やなにかのが存在する。それはまるで言葉の文法のように、手順がある。

 この世界の者は、だれも、真実という意味で、「魔法」を理解することはできない。「魔力」が何なのかわかることはない。

 魔法と魔術の違いがわからないように、決して、理解はできない。

 できることは、精度を上げることだけ。適当に勝てていたからこんなことになった。警戒心がなかったわけではないのに、単純に押し負けた。

 相手がなにをたくらんでいようとも、この世界を救うためではなく、ただ、侵略者たちを倒すために操者になることになったのだ。これは、である。

 敵はこの世界を手に入れようとしているわけではない。だが、明らかに害を与えている。虚獣も放っておけば完全に人的被害を出す。そして、過去、どのような操者がいたかなど、関係はない。

 その時の虚人がどんな存在だったのかも、わからない。知る必要はない。

 

 『現在』の我々が、対峙たいじしている敵をてばいいのだ。

 敵は知ることはないだろう。自分のほうが有利と信じて疑わない慢心まんしんさ。その傲慢ごうまんさに、こちらが負けるわけにはいかない。

 大義名分をもらったじゃないか。たとえ自身の為だとしても、それを使えばいい。私利私欲であろうとも、それが世界を救うことにつながるのなら、『正義のヒーロー』になったかいがあるというものだ。

 そして、正義のミカタであり、ヒーローであるならば。

「『仲間』の危機を、見て見ぬふりはしないだろうな」

 まぶたを開ける。

 目の前の、七号の面影おもかげを残した異形いぎょう。目をらせば、そこに人間の肉体は存在していない。人間のふりをした、まったくべつの存在。こいつも、時間がてば自我が消え、完全にヒトとは呼べない存在に成る。そしてそれは、災害としてこの世界を襲う。

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