断章「幕間と、未来と、作戦会議」

断章「幕間と、未来と、作戦会議」 1


脱皮だっぴだ」

 ユズの言葉に全員が、室内がしん、と静まり返る。

「ユズさん……いくらなんでも言葉が足りないよ」

 さすがに清史郎せいしろうが「頭痛ズツウイタい」というしょっぱい顔をしている。それを悠一ゆういちあわれむように見ていた。

 円陣えんじんと表現すべきか、円状に全員が少し距離をとって床に座っている。さすがに、と言って清史郎が床にシーツを敷いてくれていた。その上に、六人が座っている。ベッドの上には時々咳き込む八号こと清史郎がいる。

虚人きょじんができたんだから、わたしたちもできるんじゃないか?」

「あれは脱皮じゃないだろ!」

 大真面目に言うリーダーに、悠一が頭をかかえた。

「だが、七号の身体からだからぬるっと出てきたんだろ? 脱皮じゃないか」

「…………」

 無言で青くなってうつむいている七号こと、郁人いくとが微妙な表情を浮かべていた。本人としても、その場面を見ていないことと、原因が自分だということで心中はかなり複雑なのだろう。視線をそちらにってから、清史郎が優しくユズを見た。

「ユズさん、脱皮したら七号の身体は残らないよ」

「それもそうか……。七号、ぐちゃぐちゃに踏み潰されたんだろ?」

「一号、ちょっとマジで黙って……」

 吐きそう、と続けながら三号こと晴夏はるかが口元を手で押さえている。何度見ても、あのシーンは慣れない。

 うーん、と五号こと、早霧さぎりが病室の白い天井を見上げた。

「そもそも私たち、なんであんな簡単に負けたのかって話じゃない~? イクトくんはとっくに死んでたとしてもさ~、弱すぎない? ユズちゃんと相討ちとか、ほら、私たちみんな見てないから知らないし」

「わーっ! やめてやめて! ユズさんが死ぬとか考えたくないっ!」

 顔を両手でおおって清史郎がわめく。はあ、と悠一が溜息をついた。

「八号があんだけ頑張ったのに駄目だったしな。しかし、虚人って性格せいかくじ曲がりすぎだろ……ああいうの、あと何回見なきゃいけないんだ? おまえもさっさとしたんで死ねばいいのに!」

「あのね! そういうのできないようにされてから、拷問されてるんだよ! こっちはみんなを助けるために必死だったのにひどいよ!」

「おまえが助けたいの、一号だけだろっ!」

「ユズさんは最優先だけど、みんなも助けないとユズさんが死んじゃうじゃないか!」

「脳みそ腐ってんのか! この色欲魔しきよくまがっ!」

「だれが色欲魔だ! 僕が僕の奥さん助けようとしたってべつにいいだろ!」

「まだ結婚してないだろっ! どういう頭の構造してるんだ!」

 ぎゃいぎゃい言い合いをする二人を、郁人が止めようとしているがなかなかそれができない。仲いいなぁと兄妹きょうだいは思っていた。

「愛されてるね~。ユズちゃん、やっぱりセーシローくんと結婚するの?」

「約束したからな」

「相変わらず反応うっす~。あー、萌えが足りない~」

「脱線しまくってる……。そんなに時間ないんだから、早く相談しようよ。時間の隙間ってやつ、少ないし。そもそも『ここ』って、一号と八号が最初に出会った時間のすぐ後くらい、だっけ?」

「そう。私が虚人を見つけた時間より前。でもあのひと、何回もみんなのこときずつけるから、大嫌い」

「深雪~! にいちゃんが守れなくてごめんな……!」

 ひしっと妹にしがみつくが、二号こと深雪は、そんな兄を見ただけだ。

「私は一番最初に死んじゃうし、みんなみたいに痛い思いはしてないもの。みんなが必死に戦ってるのに」

「いいのいいの。みんな、ミユキちゃんより大人なんだから。率先して戦うのは当然だし~。それに、男どもはどいつもこいつも、武器が遠距離用ばっかりだしね~」

 早霧の明るい声の中にふくまれた毒に、ぎし、と男性陣が動きを止める。

「好きで遠距離用じゃない!」

「完全に適合してるものじゃないと出せないだろ!?」

「セーシローくんとイクトくんは素直にへこんでるのに、なんで二人はそんな言い訳してるのかな~。そうだ、私と腕相撲して、負けたら好きなお願いきくとかどう~?」

「ひっ」

 にたっと笑う早霧に、晴夏と悠一が小さく悲鳴をらした。ユズがハァ、と呆れの息を吐き出す。

「いい加減にしろ。この時間もすぐ終わる。悪ふざけをするひまがあるなら、考えろ」

「まあ確かに? でもほんと、あんなに簡単に負けるとか信じられないから、なにか仕掛けがあったんじゃないかって思うわけよ。一対一ならわかるけど、私たちは七人いた。それなのに、ユズちゃん以外の攻撃が歯が立たないっていうのはおかしいもん。

 だって、私の打撃が効かなくて、ユズちゃんのが当たるとか、そもそもおかしいじゃない? は、ユズちゃんより私のほうが高いのに。しかも、ユズちゃんと相討ちになったくせにすぐに再生してるとか……いくら魔力のかたまりだとしてもおかしなことだらけじゃん」

「それはオレも思った。こっちの武器や攻撃方法を把握しているとしても、あっさりやられ過ぎた。ほぼ不意打ちみたいなものだったが、威力がありすぎてこっちが死んだって感じだな。

 操者そうしゃで、変身してるとはいえ、そもそも魔力を扱いやすい姿になってるだけだし。元の身体じゃ、耐久力が低すぎて戦うことすらできないしな……。

 法則というか、確実に殺せる相手は先に始末してる感じがする。二号、三号はだいたい最初にやられる。八号は順番が前後するけど、一号をかばってあいつの玩具おもちゃにされる。五号も早めに処理したいっていうのは感じる。オレはまあ、殺され方が毎回ひどいのは除いて、あとのほうになりがち。六号はあそこでは殺せないから……」

 そこまで一気にしゃべってから、悠一は項垂うなだれた。

「そうか……。六号に精神的ダメージを与えるために手法を変えてるんだ。八号の拷問された死体を見た時、六号は状態がかなりヤバかった。オレたちみたいに怒りじゃなくて、現実を拒絶しようとしてたからな。だから何度か八号を拷問する。八号が標的になってるのは、たぶん、一号と六号を同時に揺さぶりたいっていうのがあるんだろう。まあうちのリーダーは、恋人が死んだくらいじゃくじけないから効果はないんだけど。あとは、何度か七号の死体も使ってた、か?」

 視線を受けて、郁人がうなずく。

「何度か身体が残っている。そこに魔力を流し込んで……そ、その」

 顔を赤らめる郁人の肩をぽん、と悠一が叩いた。わかってる、みなまで言うな。

「それ聞くと、ほんとクソヤローすぎて腹立つ~。ユカリちゃんをどうにかして殺したいわけね。でもそうならない。

 それは度々たびたび起こる、ノイズのような現象だった。あの殺戮さつりくの、凄惨せいさんな日に。

 『誰かが必ず一人、現れる』。

 繰り返してり切れたテープレコーダーのように、そこに刻まれた傷跡きずあとのように、本当にただ瞬間的に、『入れ替わり』をして現れる。

 しかしそれは起こらない出来事ゆえに、虚人てきを倒すことはできない。

 もう何度も、あの場面、あの場所で、ゆかりを救うためだけに、全員、代わる代わる現れ、虚人を撃退していた。そうしなければ、ゆかりは殺されてしまうからだ。あの虚人だけは、こちらの世界の人間ではないからこそ、そこに、そう、魔力に蓄積されたをずっと持っている。修正されるのは、ゆかりを助けるために自分たちが現れるあの刹那。

「この状態も、六号の魔力暴走? 暴発? みたいなものなんだろ。オレたちだって、虚人が余計なことするからこうして時々、集まれるわけだし。普通なら」

 ブツン、とそこですべての音と映像が途切れた。

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