断章「真実と、一回目と、恋のはじまり」 4

「通報なんてしないよ?」

「し、しないのか? どう考えても不審者だろ……。考えてみればキスも痴漢行為か……くそっ」

「気にしなくていいって。伊波いなみさんて、おもしろいね」

「おもしろい……? おまえ、頭大丈夫か?」

 本気の声に、清史郎はまた笑ってしまう。真面目で責任感も強い。そして、嘘をつかない。

 言葉に装飾をまったくしない。むき出しのそれだから、誰かは簡単に傷つくのだろう。そして彼女はそのことを知っているから、わざと発する言葉を端的たんてきにしているのではないだろうか? それとも、無意識かもしれない。

 ここまで考えて、清史郎はさすがに妙だと感じた。他人に対してこれほど感情を出したことがなかったのに。

 ユズは立ちっぱなしだった清史郎をベッドに座らせる。

「どこか調子の悪いところはないか? わたしがその、おまえの体調を悪くした可能性もあるしな」

「…………訂正していい?」

「ん?」

「伊波さん、かわいい」

 その言葉に、ユズが目の前で動きを止め、それからまじまじと清史郎を見た。

「やはり頭でも打ったか? どうすればいいんだ……有馬ありまに戻せる力はないんだが。そもそもどうやって……そうか、有馬、手を出せ」

「こう?」

 彼女が手を握ってくる。しかし、にぎにぎとしていた彼女は、逆にまずいという顔をし始めた。

「な、なんでおまえから力が流れ込んでくるんだ? 逆だ、逆! くっ」

 清史郎はまったくそんな感覚はないが、ユズにはそうらしい。むしろ、彼女はまだ疲れているのだからもっと能力でもなんでも、奪っていけばいいのに。大真面目に慌てる彼女を、やはりかわいいと思えてしまう。おもしろい、と思ったわけではなかったのだ。かわいい、と表現したかったのだ。しかも。

(かわいい……なんでそんな一生懸命なの……)

 そもそも能力だか力だかを返したら、彼女のほうが困るだろうに。かと言って、それを交換条件になにか言い出したら、律儀に守りそうな雰囲気がある。責任は感じて欲しくないのに、どうすれば……。

「伊波さん」

「どうした? あっ、すまない」

 パッと手を離される。途端にユズは足に力を入れた。明らかに、やはり無理をしている。

「もう時間遅いよ? どうやって帰るの? さっきみたいに、なんか、妙な能力で?」

「ああ」

「無事に帰れるの?」

「…………」

 無言。ということは、帰れるけど無事ではない、ということだろう。

「こうして手をつなぐと、少しはしになる?」

「よせ!」

 彼女が鋭い言葉を放ち、清史郎の手を払いのけた。

「病気なんだろう? わたしは大丈夫だ」

「……いたい」

「ぅ! す、すまない。悪かった、手、大丈夫か?」

 躊躇ためらうようにうかがってくる彼女の手を清史郎がつかんだ。恋人繋ぎ、一度してみたかった。彼女の手は小さく、あの怪獣を倒したとは思えないほどだ。清史郎はむずむずしてくる。我ながら恥ずかしいことをしているが、この手を離したくない。

「べつに伊波さんになにか渡してる感覚はないけど」

「少ししか流れてきていないからわからないんだろう。そうか、そういえば他人の状態を見るのは初めてだな。できるか……」

 そこで彼女の言葉が途切れた。唖然、というか、呆然としたような表情だったのがどんどん顔をしかめられる。

「おまえ、体調悪くなったのいつからだ!?」

「……もともと持病はあったけど、ここ一か月かな。いつものことだし、深刻じゃないよ」

「このままだと死ぬぞ!」

 ユズは苦々しい顔をする。

「よく見ないと気づかないわけだ……。内側の重要な箇所に蓄積されてるのか……。心臓、それから、肺もか。ほかにも幾つかあるな……」

「え、えっ」

 彼女が清史郎の身体の箇所を指差す。どんどん清史郎は後退あとずさり、ベッドに倒れてしまった。しかしし掛かるようにして、ユズがさらに指差す。

「見えにくいな……。目をかなりらさないと……鎖骨の少し下、このあたりか。それと……心臓だけじゃない。その上……こっち側もか。それと肺……の中にいくつか……胃か? このへんは大丈夫そうだな……それから、このあたりの内臓にもあるな。けっこう範囲が広いのに、んん、目ぇ痛い」

 ごしごしと目をこする彼女にいったい何が見えているのかわからない。けれど、普段使わないであろう力を使っているらしく、かなり辛そうだ。そして、無自覚に人差し指で清史郎の体の上をなぞっている。

「なんで人間の体内のあのへんてこな物質は見えにくいんだ……やはりこの世界のものじゃないからか? えーっと、このへんにもあるな。ん? まだ下にもなんか見える……」

「ストップストップ!」

「ん?」

「いや、伊波さんストップ! そこから下はダメだよ!」

「? なんでだ?」

「いや……あの、僕が恥ずかしいから……。伊波さんだって、同じことされたら恥ずかしいでしょ?」

「べつに」

 あっさりと言われて清史郎はビクッとしてしまう。こんな驚くことが人生で何度もあるとは。

 羞恥心ゼロな女の子が存在しているなんて……! 急に心配になった。ユズはある意味極端なのだ。

「とりあえず、おまえの体内のこれをどうにかしないと……破裂死はれつしというか、爆散死ばくさんしもありえるな」

 なんか怖いこと言ってる……。

「あ、じゃあ伊波さん、一緒に治療法考えてよ。それでキスのことは手打ちってことにしない?」

「……わかった。下手に能力を使うのも危険そうだな……」

「大変そうだし、今日無事に帰るのに、なにか手伝える?」

「わからん」

「…………そっか。じゃあ色々試してみる?」


 これが、彼らの『本当』のはじまりの出逢い――――。

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