断章「真実と、一回目と、恋のはじまり」 2
あの、ちっさいくせにブンブンこっちを振り回したあの
この男と長時間キスをしたところで、それほど回復はしそうにない。というか、この男はなんなんだ?
はっ、とした。虚獣の足音だ。ここも揺れている。
「えっ、えっ?」
驚いている男など気にしているわけにはいかない。虚獣がこちらに近づいている。どれほど気を失っていたんだと焦った。ただうろうろする存在ではあるが、普通の人間の目に見えないために余計に危険だというのに。助かるのが、虚獣は出現した状態だと未知の物質をありったけ吸い込んでいる風船のようなものらしい。そして興味があるのは、生き物でも建物などでもない。ただなにかを探すように
内心腹立たしい気持ちではあったが、ユズはベッドを降りようとする。万全ではない状態と、変身していないことから、
「いつ……」
「えっ、あ、無理に起きたら……」
「世話になった。すまないな、無理やりキスして。よくうがいとかしておけよ。責任とれって言われたら……あー、まあ、なんとかする」
元々、自分の外見はそれほど目を
(そういえばここ病室か……? 広いな……。こんなところにぼっちなのか、こいつ)
「うぐっ」
痛みで、ベッドから降りた途端に
(枯渇状態になったらどうなるんだ……? 今でもこんなにしんどいのに……)
「大丈夫? やっぱり誰か呼ぼうか?」
同じように
「おい」
「は、はい?」
「ひとつ、頼みがあるんだが」
「看護士さんですか? すぐに」
「違う。もう一回キスしろ」
「…………ええーっ!」
「普通のではダメみたいだから、なんだっけか……なんだかもっとすごいやつだ。それできるか?」
「??? よ、よくわからなくて……そもそも僕、女の人とそういうことしたことなくてですね」
「私もだ。でもただのキスじゃ、回復量が少なすぎる……! 口移しだと限界なのか……一か八だな。やっぱりもっとすごいの頼む!」
「…………」
彼はぽかんとしていた。そして顔を真っ赤にする。
「す、すごいのってなに!?」
「わからないが、そういうのは男のほうが詳しいんじゃないのか?」
「えっ、えっ? 経験ないからわからないよっ!」
揺れが部屋にまで響く。彼は今の振動に「え」と
「な、なに今の。地震?」
ユズは慌てて部屋の窓から身を乗り出して外を見る。まだ距離はあるが、この視力でも完全に姿が
(違う武器でなにかあったか……? 近距離のものしかなかった……。くそっ! もっとうまく力が使えていれば……)
「なにあれ」
横から聞こえた声にユズは硬直する。ばっとそちらを見る。少年がパジャマ姿のまま、目を細めて
嘘だろ。
(わたしだけじゃなかったのか?)
帰ったらあの七三分けをぶん殴って話を聞き出さなくては。
「あの変なの、見えているのか?」
「え? あの……なんかおっきいやつ?」
確実に見えている!
だがここで戦えと言っても難しい。この男はなんらかの病気でここにいるのだ。そんな人間に
ユズは顔をしかめ、それから
「ここで静かにしていろ。わかったな!」
そう言うなり、ユズは変身して
(くそっ、やっぱりか! とりあえず武器を出す……そんな力も、な……)
ぐわん、とまた
(一撃で終わらせる一撃で終わらせる一撃で終わらせる一撃で終わらせる)
まるで呪文のように繰り返す。そうしなければ手足が動かなくなるのだ。疲労がピーク状態とも言えた。
「うぐっ、げほっ」
吐血した。ユズ自身、未知の物質の影響をかなり受けているせいか、こういう状態にならないようにと七三分けのボケには言われていた。だがどうしろというのだ。虚獣はこちらの事情なんて
そこまで考えて、ユズはぶつん、と頭のどこかが切れた。
(そもそも、
こういうのは日本の代表の総理大臣とかそういうのがやればいいのだ。だらだらと会議とかを繰り返して、まともな答えも出せないようなボンクラがトップにのさばっているが、そいつらこそ変身して、
ただ。
放置すれば自分が死ぬということだけが、
「うるせー!」
脳内の
虚獣の巨体が揺らぐ。吐く息が荒い。武器が出せない。もういい。もういい。
「し、ねっ!」
着地した瞬間、右足で地面を踏んだ。案の定、力が強過ぎて埋まってしまう。そのままの状態で左足で虚獣を思い切り蹴り上げた。右足で地面を踏んだ瞬間のその出来事だったため、ふつうの蹴りよりも威力が乗り、虚獣は空中に飛ばされ、そして破裂した。空気の抜けた風船のような終わり方だったが、ユズとしてはそれでもかなり体力を消耗している。
「ぜー……ぜー……」
目がまわる。まずい。
せ、せめて帰ってから倒れない、と……。もうダメだと、よろよろ歩いていたら、誰かに抱き留められた。視界がうまく働いていない。なにが起こっているのかも、頭が……考えられなくて。
肩を貸されて引きずるようにして病院に連れられていったことに、ユズは気を失ってから目を覚ますまで、気づくことはなかった。
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