第10の章「声に応えて、カーテンコールの、幕が上がる」 2

「七号、大丈夫?」

「……いたい」

「っ、ごめん、八号はもう……」

「六号」

「?」

 手を伸ばす郁人の手を、反射的にゆかりはつかんだ。すると、郁人はゆかりを信じられない力で地面に組み敷いた。目の前のし掛かっている男に、ゆかりは目を見開く。

「助けてくれ、六号」

「なにを……」

枯渇こかつを起こしてる……」

 その言葉にゆかりは真っ青になった。意味を理解したのだ。

 このあとどうなるかなど、わかりきっていた。この女は受け入れるしかないのだから。そして行為を済ませたあとに郁人の身体を死体に戻す。種明かしをした時の彼女の顔はかなり見ものだった覚えがある。

 あぁ、結局は、この女さえなんとかすればいいのだ。


 その時だった。


 空の雨雲を貫き、轟音を響かせて、なにかが、背後に落ちてきた。その勢いに雨雲が払いのけられ、陽光が辺りを照らす。

 ゆかりの上におおいかぶさっていた郁人がすさまじい衝撃を受けて吹っ飛ぶ。なにかにぶつかって、完全に使い物にならなくなった。

「大丈夫か、立花たちばな

 そこに。

 なぜか、郁人いくとが立っていた。変身した姿ではあったが、見間違えるはずがない。蹴り飛ばしたのは、こいつのようだ。幽霊でも見たような表情で、ゆかりは見上げている。その彼女を優しく起こしていた。

「な、なに……? なんで、七号……?」

「こらこら。イクトくんはユカリちゃんに近づかないでねー。ほんと油断もすきもないったら」

 割り込んだ声に魔術師も、ゆかりもそちらを見遣みやる。

 日本刀を持ついつものポニーテール姿の一号。その彼女の隣に、片耳の飾りを揺らして見たことのない形の銃を手にもつ八号が立っている。片眼鏡をつけた四号が身の周りに小さな球体をいくつも浮かばせ、その首に巻かれた長いマフラーは風になびいていた。

 いつもはつけていない黒の皮手袋をはめて軍靴ぐんかを履いている五号が笑みを浮かべ、矢をつがえた巨大な弓を手にしている三号は足元までの長い白のヴェールを顔を隠すように身にけている二号の手を握り、悠然と、立っていた。

操者そうしゃ戦隊せんたい、ソーサラーレンジャー参上!」

「お兄ちゃん、それダサいよ!」

「うーん、その名乗りはオレもちょっと……前に言ってたスーツレンジャーよりはマシ、だけど」

「ここはノリでしょ! せっかくだからみんなでポーズとる? いえぇーい! って」

「はは、は。僕は遠慮するので」

 わいわいと、いつものように、いつもの、ように……やり取りをする彼らの姿に、ゆかりは涙があふれた。死んだはずだ、彼らは。

 だからこれは、きっと。

 ただの願望だ。神様が見せてくれた、「カーテンコール」だ。閉じた幕を、何度も駆けたゆかりの拍手にこたえて幕をあげて、『彼ら』は姿を現してくれたのだ。夢でも、まぼろしでも、良かった。ただ、懐かしさと、安心感と、ひどい罪悪感に、泣き笑いを浮かべる。

 ユズはす、と刀の切っ先を魔術師に向けた。

「さあ、再戦リベンジだ」

 その言葉に、魔術師とゆかりは大きく瞳を見開く。間違いなく、聞き覚えがあった。

 彼らはまっすぐこちらに向けて歩き出す。

「イクトくんはユカリちゃんを避難させたら、こっちに戻るように。このこじらせ野郎」

「ぃや、おれが好きなのは本当に立花で……!」

「さっさと動け、七号」

 ぴしゃりと一号に言われて、彼は悔しそうにしながら片手に槍に似た武器を出現させる。そんな武器はゆかりは今まで見たことはなかったし、全員の武器が、見覚えのないものだった。郁人に抱きかかえられて、大きくそこから離される。郁人はゆかりの腕を痛々しそうに見遣ったが、そんな視線にゆかりは気づかなかった。

 ぽつんと立つ魔術師は「どうして」と言葉をらす。

 あの圧倒的な力の差で死んだ者たちが、なんの恐怖もなく、こちらに向かって歩いてくる。

 あまりにも堂々としている彼らの姿に、なぜか怒りがこみ上げた。いるべきではない者たち!

「この亡霊どもめ!」

 叫びを合図にしたように、五号が一気に走り出す。足を止めた一号が刀を鞘に戻すなり、腰を低く落とした。残りの操者そうしゃは五号に続くように駆ける。

 一号が居合いのように、刀を鞘からものすごい速度で抜く。その斬撃は鋭い巨大な幾つもの風の刃となり地面を走って、先頭の五号を追い越した。魔術師は当然のように、それを防ごうとする。だが、編み上げた術の障壁が一瞬で破壊される。そのまま彼は刃をもろに受けて、煙のような身体を揺らめかせた。

 斬られた。

 身体が、損傷した。

 気づけば目の前に跳躍した五号の姿があった。丸腰の彼女の攻撃など、たかが知れている。

 先ほどと同じように拳を受け止め、られなかった。こちらの拳が、砕けた。まるでガラス細工のように。そのまま彼女はぐん、と片足を大きく上げて、振り下ろす。見事なかかと落としが魔術師の身体を地面に叩きつけた。地面がその衝撃に陥没かんぼつする。バランスを崩した魔術師とは違い、五号はひらりと後方へ跳躍する。

「狙え!」

 四号の号令に、浮いていた球体が魔術師を狙うように飛び、綺麗な円状に並んで一気に中心地にいる魔術師向けてレーザーが発射された。

 魔術師が防御陣を展開させる。しかし光の出力が段違いなのか、打ち破って、直撃した。地面がどろりと熱によって変質した。

 八号が持っている長銃を構える。彼の目の前に巨大なスコープが出現した。狙いは魔術師へと定まっている。引き金を躊躇ためらいなく引く。光るスコープを弾丸が通過すると、突然その弾丸が物凄い数に増えた。しかも、その弾丸はまくと表現していいほど広がり、青みを帯びた光をまとってすべての弾道が変わる。直進が、ぐん、と向きを変えて、意志を持つように魔術師を逃すまいと、軌道をそれぞれ変えて目標を貫く。

 すかさず三号が矢を天に向けて放つ。ひゅう、と天空を飛んだ矢はその勢いが凄まじく、周辺の雨雲だったものを巻き取り、雷雲を創り出す。雷鳴と同時に、落雷が魔術師を直撃した。二号のヴェールがはためき、美しく広がる。全員の視界へ届くその雷光を消し飛ばす。

 あまりのことに、魔術師はなにもできない。おかしいおかしい。

 つい先ほど、彼らはなすすべもなく、一方的にこちらに殺されたはずだ。それなのに、攻撃力が明らかに先ほどとは比べられないほど上がっている。防ぐこともできたものが、ことごとく通用しない。

「ひゅー……ひゅー……」

 肉体再生が追いつかない。

 今までの彼らはやたらと貯め込んだ魔力を武器や防具の具現化、攻撃や防御の際に使っているだけだった。具現するとそのまま力を延々えんえんれ流すので、攻撃威力もそのままの状態になる。確かに爆発的な威力は生む。けれどそれは魔力が目に見えるものからすれば、ただ力という名の水を流しっぱなしの状態にしているだけだった。だから長い時間変身すると枯渇こかつ状態におちいる。そして彼らは再び、大気に混じる魔力を吸収して、元の状態に戻る。これらを彼らは認識することが不可能だ。それは、彼らがこの世界の人間だから、だ。

 元々魔力のない世界。そこで別の世界から流れ込んできた魔力を認識することは、できるか? いな、だ。

 やつらはなにをした……? どんな、からくりだ?

「よくもおれの身体で好き勝手しやがって……!」

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