第10の章「声に応えて、カーテンコールの、幕が上がる」 3

 気を失ったゆかりを抱きしめた状態のままで、その手に持つ槍が伸びている。あまりの速度に気づくことも、対処することもできなかった。貫かれただけだ。なんてことはないと思うのに、七号の槍を抜こうとするがまったくそれができない。なにかの力で固定されている。こんな能力を郁人は持っていなかったはずだ。

 身体が雑音を混じらせたかのように揺らぐ。けれど。負ける気はしなかった。

 彼らに囲まれていても、『本物』は自分だけだ。偽物が、に勝てる道理はない。亡霊ども。どうせこの時間などなにかのノイズだ。ありはしないことが、たった一度起こっているにすぎない。これは奇跡ではない。

「ほーんと、あきらめの悪いやつ」

 五号が嫌悪を混じらせてふん、と呆れる。そうか、あの手袋と靴が、あの女の『武器』か。丸腰ではなかった。わかれば怖くない。

「なんかああいう虫いない?」

「ありじごく?」

「それだー!」

 こちらを見ながら呑気のんきにやり取りをしている二号と三号の明るい会話に、怪訝けげんになる。こいつら二人は最初に殺すから、知らないのかもしれない。一号を殺したのは、この自分だということを。

「よく見ると七号に似てる……。怒って当然だな」

 四号の周囲を飛び回る小さな球体の物質は、魔力の伝達装置のようなものだろう。遠隔で魔力を出力する道具だ。

 一号がゆっくりと歩いてきて、八号の隣に立った。こちらを見下ろしている。この女の先制攻撃は見事だった。こちらに攻撃をさせる前にもっとも速く動いたのは、賞賛にあたいする。

「清史郎、六号を助けろ」

「……ユズさん、無茶したら怒るよ」

「知ってる」

 苦笑して、八号はゆかりのところへ向けて駆け出す。

 残った者たちは魔術師から視線を一切離さない。

「さて、異世界からの来訪者よ。そろそろ幕引きだと思うが、どうだ?」

「もう勝った気でいるのか……」

「まだ勝てると思うのか」

 不遜ふそんな態度は相変わらずだ。そうだ。この女は常にそうだった。

 魔術陣を構築し、広げていく。そう、操者たちを一掃したからくりは、ごくごく単純なものだ。彼女たちには認識できない『魔術』という名の地雷を先に用意していたにすぎない。

 見えないのだから、防ぐことはできない。

 こちらの力を何倍にも強化することも、突然のような強烈な攻撃も、先手を打てば簡単にこいつらを殲滅せんめつできる。

 確認できはしないが、操者たちの死体が周辺に散らばっているのは、魔術という手段を認識できなかったために起こった悲劇ともいえる。

 日本の領土ではあるが、この無人島での戦闘も、こちらにすべて有利に働いている。それは、ほかの人間の邪魔が入らないことだ。

 逃げられない限られた場所であるからこそ、魔術は最大に利用できる。逆に、限られた魔力しかない場所では操者の能力は格段に落ちる。肉体が枯渇を起こさないようにするならば、無意識に力が制御される。それが「人間」という生き物なのだから。

 大技を連発し、自分をこの場所に固定しているが、いつまで続くか見ものだ。

 広がっていく美しい魔術陣が天を、大地をおおう。ほら、やつらには見えない。見えていない。

 大気がふくむ魔力という物質を巻き取り、魔術陣は意味を持つ。力を持つ。再び操者たちを死滅させるために。

 あぁ、美しい陣だ。この目の前のいびつな存在たちを、何度でもすり潰してやる。

 まったく視線を外さないこの愚かな操者も、再び死ぬ。それは決まっている。

 七号の姿で油断していたあの時とは状況が違うが、結局は『同じ結末』だ!

「もう一度死ぬがいい! おまえたちは世界をゆがめるってはならない存在だっ!」

「消えるのはおまえたちだ。この世界から出ていけ」

 どちらが先だったかはわからない。

 島を覆う幾つもの巨大な魔法陣が、順番に発動する。

「ユズ!」

「任せろ!」

 清史郎の声を受けて、ユズは刀を携えて大きく大地を蹴って空へ向かう。なにをする気だ!


 風を突き破り、はるか上空へと跳んだ。この瞬間のために、清史郎から大量の魔力を受け取っていた。ここで成功させる! そう、やり遂げるだけが己の有用性なのだから!

 地上では虚人をその場に拘束するために仲間がありったけの攻撃を仕掛けている。

 太陽目掛けて駆けるように一直線に跳ぶ。

 何度も、何度も。一直線に続くこの一方通行の時間の中で、ひたすらに一人だけで走り続けたゆかりの願いを無駄にはできない。

 全員の力を合わせて『』この好機を、つかみにいく!

 流れていく時間の中で何度も殺されたことは、ここに繋げるために必要だった!

 ユズは減速していき、そして今度は落下を始める。急速に地球の重力によって大地へと引き戻される。

 身体の向きを変える。

 誰かを守るためなんかじゃない。なにかを救うためじゃない。ただ。

 刀を構える。魔力を込める。淡く金色の輝きをまとったその武器を手にしたまま、眼下の小さな島を見つめる。

 ユズの琥珀色に変化した瞳が、島を覆う複雑な模様の魔法陣をとらえた。視力がやられる前に今!

「ああああぁぁぁ! 消えろおおおおおおおおおおお!」

 左の眼球がはじけた。左脚の骨が折れる。右の鼓膜が破裂した。臓物ぞうもつの一部が潰れた。

 ありったけの、すべての魔力を、この空にも、そして大地にも舞う魔力という異物を急激に吸い上げ、ユズが刀を思いっきりこの世界にとっての『運命のろい』を排除すべく、振り下ろす――――――!


 落下する一号が大量の魔力を集めるのが見えた。操者たちの攻撃の隙間から、その様子が。

 一人の人間の肉体が一時的にでも集められる魔力量は決まっている! それを完全にオーバーした状態で、まるで見えているかのような彼女の放った攻撃は、広がった魔法陣を叩き壊した。

 まだだ。

 かなめの一号は満身創痍だろう。このチャンスを逃すことはしない。

 再び広がっていく魔法陣が。

 突如、別の力によって蹂躙じゅうりんされていく。どこから、と視線を動かした。そしてその光景に目を見開く。

「は、ち……ご」

 攻撃に加わらず、暴風の中に立つような出で立ちで、そらへと片手を伸ばす清史郎が、ユズと同様にあたりの魔力を凄い勢いで吸い上げ、そのままこちらの陣を破壊している!

 一号だけではない。この男もまた、危険人物だったのだ。

 彼女の光が強過ぎて、見えなくなっていただけだ。

 確かに言っていた。彼女と同等だと。

「こ、この――――!」

 怒りのあまり声が出ない。だが意図をんだのか、こちらを潰れていないほうの目で見ている彼は血を流しながら、薄く微笑んだ。

 そしてその男の横に、ずどん、と一号が着地をする。素早く腰を落とし、刀を鞘におさめて居合いの構えをとる。横の男と同様に再び魔力を吸い上げ始める。

 もう陣を描く魔力が足りない! だが攻撃はやまない。しぶとい。なんというしぶとさだ。

 気づけば。

 攻撃はやんでいた。

 しん、となったのは、本当に刹那だった。

 亡者の操者たちが全員、日本全土からも魔力を引き寄せて身体のあちこちを破裂させながら一撃必殺の構えをしていた。

「終わりだ。この世界から消えろ」

 一号の言葉が聞こえたか、そうでないかの瞬間に。

 全員が。

 こちらを囲むようにして。

 彼らが放った強大の攻撃が、異界からの脅威をし潰す……!

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