第8の章「感情と、七号と、終わりの始まり」 4


***


 あれからとても調子がいい。大気に混じる魔力を吸い込み、毎朝洗面台の前に立つと鏡にうつる無表情の顔を見つめる。少し前まで、本当に俯瞰ふかんして世界を眺めるような行動しかできなかったというのに、どうだ?

 感情を隠すのがうまかった七号を選んだのは理由があった。タイミングよく、別の身体へ移動しようとしていた時だったことも、八号がちょうど入った時期だったことで油断をしていたことが挙げられる。同性が入り、尚且つ一号の恋人ということで七号は相当そわそわしていたようだ。あまりそのあたりはわからないし、七号の記憶や感情を探ることはできない。自分が脆弱ぜいじゃくな存在だっただけに、幾つもの人間を短期間で経由しなければならなかった。そして操者はどうかと考えたのだ。気づかれるおそれもあったが、そもそも吹けば消えてしまうような灯りだったのが、七号という油を得て、じりじりと内側を燃やすことに成功した。それでもさすが操者と言うべきか、七号は心のうちをまったく他人に見せなかった。普段からほぼ喋らなかったし、とても都合が良かった。ただ黙々と過ごす男が、もっとも隠したかった感情をこちらが握った瞬間に、意識が焼き切れた。相当、知られなくなかったこと、誰にも見せるつもりがなかった気持ちだったのだろう。単純な力比べで、無理をした七号から身体も、考えもすべてこちらが主導権を奪った。もはや七号なんて存在は、ほぼ残っていない。

 そして、機会が巡って来た。

 その日は大雨だった。虚獣が出たと連絡をしてきたのは二号。そして、添付された場所は小さな無人島だった。内心愉しくて仕方がなかったが、七号の肉体はちっとも笑わない。まあいい。

 そして一号は八号とともに現着し、二号と三号も一緒に到着する。僅差きんさで四号と五号、そして六号と続き、最後に七号がその場所に姿を現す。厄介だったのは、一号が万全な状態で姿を見せたことだった。八号の仕業しわざだろう。

 操者そうしゃは決して弱くはない。特に、番号が若い者たちの連携攻撃が鮮やかだった。大気に霧散した虚獣だったもの……ただよう魔力を見つからないように取り込む。気分がいい。

 ちらりと見ると、八号が一号の頭に上着を被せていたが、迷惑そうな顔をされていた。なぜ、という疑問が強烈に浮かぶ。これは七号だった時のものだ。雨に打たれて、全員が濡れた髪などを鬱陶うっとうしそうに払っていた。土砂降りの中、静かに近づく。

「っ」

 さすがと言うべきだろう。こちらの攻撃を一号が振り向きざまに防いだ。一瞬で瞳に殺気がともり、こちらを排除しようと彼女は動いた。七号の肉体で攻撃を受ける。圧倒的に力量に差があった。だが、もはやそんなことはどうでもいい。七号の肉体を脱ぎ捨てるように、内側から構築した身体が出てくる。あぁ、なんという解放感だろう。七号と背中合わせに姿を現したこともあり、一号の背後にいた八号を除き、こちらを信じられないように見つめる何人かと目が合った。

 完全に抜け出すと、途端に壊れた人形のように七号の肉体がその場に力なくぐにゃりと倒れる。急激に受け止めていた力が抜けたため、一号がぎょっとしてバランスを崩し前のめりになった。

 振り向きざまに、こちらに倒れ込んでくる一号目掛けて一撃を放つ。一号がその攻撃線上にいる仲間をかばい、その場から威力を殺すこともできずに吹っ飛んだ。凄い速度で視界から消えた一号の存在を確認する暇などない。操者たちの目の前で、七号の肉体を、踏み出した足でつぶした。水飛沫みずしぶきと共に、血と内臓や骨が飛び散った。その様子に愕然がくぜんとしたのは六号だけだった。他の操者たちは一斉に行動に移る。雨で視界が悪かろうが、足場がぬかるんでいようが、関係なく攻撃動作に入るのは、何体もの虚獣を破壊してきただけある。ここに一号がいれば、うまくいったかもしれない。良くも悪くも、この中で一番戦闘力を誇る操者がいないというのは、大きな差になった。本来なら、各々おのおのの能力は高い。けれど、一号がいないために連携を取ろうとした。まあ。

 無駄なのだが。

 雨の中――――ここは操者たちの墓場となった。

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