第8の章「感情と、七号と、終わりの始まり」 2
八号が肩口に顔を
「それくらいにしてやれ。すぐ泣くんだ、こいつ」
「………………なく?」
ぴたりと、手をわきわき動かしながら近寄っていた五号が動きを止めた。「あー」と絶望的な声を三号が出した。
「そ、それはどの『なく』なの……え、ちょっとどんな声で……? やっぱ右側だよね? えっ、待って。ユズちゃんが攻めなのはマストでしょ……」
「? なにを言っているのかわからないが、メソメソするからなだめるのが大変なんだ。あと、さっきは
「どっちでもいい! めそめそってどういうこと……いっつもにこにこしてるのに?」
「え? そうだったか?」
一号が本気でわかっていない顔をしている。さすがに二号と六号も驚いていた。八号はいつも穏やかでありながらミステリアスな雰囲気の微笑みを浮かべていることを、知らないとでもいうのか?
「うーん。泣いてばかりな気がするんだが……にこにこ?」
誰だそれと言わんばかりの口調に、八号が真っ赤になったまま「やめてぇー!」と声をあげてぐりぐりと一号の肩で頭を左右に振っていた。
「あいつやっぱり趣味悪いな……」
四号が
「ユズちゃん、素直に言ってもなにもマンガにしないから。ただね、そう、ネタとしてストックしたいだけ。別に男性化とかしないから」
「いや絶対脳内変換してるよな」
素早く四号が小さく突っ込んでいるが、一号たちには聞こえていないだろう。わざと小声にしたようだ。
「わかった。こいつをネタにしないなら、わたしが答えてやる」
その言葉に震えていた八号がぴたりと動きを止める。「マジで?」と五号がスケッチブックとペンを出現させている。
「だだだダメだってユズさん……!」
「わたしのことしか答えない。大人しくしてろ」
腰にまわっている手をぽんぽんと優しく叩いている。「うそぉ」と三号が驚愕の声を出す。
七号は静かに成り行きを見ていた。口を
「こんな日がこようとは……。二次元の男女の恋愛はどうでもいいし、三次元はさらにどうでもいいけど、ネタの香りがするっ! スーツだからオフィスラブ系がいいかもしれない……! 妄想が
願望が
五号がごくりと
「さっきの、服を破いたとは……?」
「バリッと破いた」
「バリっと? なんか、お菓子の袋を開けるみたいな擬音……。告白ってどんな感じだった?」
「ふつう」
「メソメソってどんなシチュエーションで?」
「いつもメソメソしてるだろ、こいつは」
「………………………………」
がくん、と五号が地面に
「鈍感とか表現下手くそとかいうレベルじゃない……! ここまでひどいなんて……」
「なにしてるんだ?」
「うわあああ! いつもはその実直さがいいけど、今は! 今だけは憎いぃ!」
「もう質問は終わりか?」
「終わりだよ終わり! ぐやじいいいぃぃぃ!」
「そうか」
終わったぞと八号に声をかける始末。ぽかんとしていた八号は姿勢を正すと上機嫌でにこにこと一号に微笑みかけている。しかも、まったく一号の腰に回した手を離さない。
「すげぇ……一号、ある意味尊敬する……さすが無神経オブ無神経……」
「あれが後方彼氏面ってやつか……? いや、八号は彼氏だったか」
「なんで二人とも変なところで感心してるの……?」
六号がちょっと笑いを
***
薄ぼんやりと、胸の奥底に落ちている感情を拾うように
愛。恋。とても八号と同じ感情ではない気がしていた。同一の感情などないのだから、当然のこととも言えたし、目に見えないものなのだから比較することもできない。
いつも
「お願いだから一人で戦わないでよ」
たまに戦闘が一緒になった時にそう
四人で
「今朝も戦ったのに!」
突然、八号がそう言いだしたのは、この四人しかいない時だった。たまらず言ってしまったという様子の八号の言葉に六号が驚きに目を見開いていた。
「昨晩も……! 無茶し過ぎだよ!」
「知ってる」
「僕が一緒に行くって言ってるのに!」
「ダメだ」
ゾッとするような声音だった。迫力に
「治療させてるだろ。余計な力を使う必要はない」
「戦い終わった後に僕のところに来るんじゃなくて、先に呼んでくれれば……」
「おまえも負傷したら、能力を二倍使うことになる」
「それは気にするところじゃないよ!」
「おまえはわたしを心配しすぎだ。今のおまえだと、
「どれだけ怪我すればいいんだよ! 連続で強い虚獣と戦ってあんなになって……」
「五体満足なんだからマシだろ」
「ユズさんがいくら強くても、仲間に負担がいくからって一人で戦ってぼろぼろになってたら……」
「黙れ。べつにそんなこと思ってない」
「ユズさ……」
「思ってないから、おまえには治療させてる」
手に持っていた武器を消すと、一号は七号と六号を眺めた。
「気にするな。こいつは心配性なだけだ」
まったく感情のこもらない、作業をこなしている者の声だった。しかし八号がなにかの異変に気付いたように一号の手首を
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