第5の章「敵と、日常と、非日常」 3



 一応何か所か候補はあったけど、お兄ちゃんが「山の中は明かりがないし丸見え」と却下したので、そこそこ広い、放置された工場の中に移動している。でもここも、いちごうが暴れたら一瞬で壊れそう……。

 夜目よめがそこそこきいているけれど、ナナサンがどこからともなくランプを取り出して、火をつけて床に置いた。わああ、なんかキャンプみたい!

 うきうきしている私を見て、お兄ちゃんが苦笑していた。だってこういうの、すごく秘密基地みたいで!

「よんごーう、いい加減離れたら?」

 お兄ちゃんが呆れたみたいに言うけれど、よんごうさんは、「う、うごけない」とらしている。

「やっだー! ユーイチくん、ねえねえ、ユズちゃんの身体からだの感触どう~? ねえ~?」

「やめろ……羞恥しゅうちで死にそうだからほんと」

 二人のり取りなどまったく聞いていないみたいで、ランプの明かりに照らされた男を軽くいちごうが振り回す。

「ナナサン、こいつはどうすればいい? おまえの世界に強制的に返すとかできるのか?」

「いや、戻るのは、この仮の肉体からマナがなくなるまで不可能だろう。こちらの世界の濃度が高いから、こいつはここに来ることができた。なにを媒介にしているかはわからないが、別の媒体へ移動させなければそのまま消える。

 それに、私がこちらに来たすぐ後にここに向かってきたはずだ。異世界だから、時間差が生まれるし、座標の特定もしなければ難しい」

「……どっかの外国の紛争地帯ふんそうちたいに置いてこようかと思ったのに、それもできないか」

 生きている限り安心できないという口調に、やっぱりいちごうは冷静なひとだなって私は感心してしまう。でも、それを聞いたよんごうさんが、さらに手に力を込めたのは見えた。相変わらず顔はいちごうの肩で見えないようにしてるけど。

「くそ、ほんと迷惑千万めいわくせんばんじゃないか」

操者そうしゃのことを毛嫌けぎらいしているから、友好的にはならないだろう」

 ナナサンの言葉に、うんざり、という表情をいちごうがする。よくわからないけど、あの男の人をどうするかみんな困ってるみたいだ。確かに、魔法少女ものでも、敵は消えるしかないしなぁ。でも手品みたいに消すことって、できるものかな?

「やはり五号にあずけたほうがいいんじゃないか?」

「えー。両親がいるんですけどぉ」

「うちだっている。みんないるだろ」

「まあでも、この中だと、ユズちゃんの次に安全なのは、私かぁ」

 しょうがないなぁとごごうさんがスケッチブックを消す。あれは武器なのかな、防具なのかなと、いつも疑問になる。そして彼女は、いちごうに近づいて気絶してる男の人の口をぐっと片手でふさいだ。

「やば……力込めると顔が簡単につぶれそう。ユズちゃん、手加減うまいな~。もういいよ、こっちで持つから」

 喋らせないようにしたっぽい。ごごうさんは、いちごうから男を受け取って軽くかかげる。ごごうさんは、いちごうより背が高いし、かなり力持ちだし、安全だろう。

 いちごうは自分にしがみついているよんごうさんを呆れたように見たけど、なにも言わない。やっぱり優しいと思う。ああいうのって、ちかんとか、せくはら、って言うんじゃなかったっけ? さすがに自分がされたら、よんごうさんには悪いけど、投げ飛ばしてると思う。

「ねえねえ、お兄ちゃん。いちごうって、やっぱり優しいね」

「おまえどういう目をしてるんだよ? 四号が震えてるの見えてないのか?」

「それはごごうさんにでしょ?」

「……まあ、あんだけしがみつかれても、まったく反応してないしな。四号がセミにしか見えない……」

「……お兄ちゃんもああいうの、興味あるの?」

「ヒッ! おまえはよごれるな! 頼むからっ!」

「?」

 時々、よくわからないことをお兄ちゃんにお願いされる。

 ごごうさんは、ぷらぷらと男をおもちゃみたいに揺らしていた。いちごうよりも、扱いがざつに見える。というか、考えてみれば、いちごうはああいう持ち方をしてなかった。

「どっちにしろ監視しないとマズイってことだよね。あとで足も折っておけばいいかなぁ」

拷問ごうもんをしてもこちらにはつかないと思う。訓練を受けているはずだ」

 と、ナナサンが説明すると、ごごうさんがにやにやし始める。「へー」とか、「ほー」とか楽しそうにらすものだから、お兄ちゃんがげんなりした表情をしていた。でも、いちごうに任せるよりは、ごごうさんのほうが確実な気がする。一番年上だし、大人だし。

「ユズちゃんのところにはナナサンがいるし、私があずかるわ。放置するのマズイってなら、見える範囲に置くべきだし。学生には無理だろうしね~。じゃあ、今日のところは解散しよっか。ほら、あんまり変身したままだと危ないし~。

 あ、ナナサンに話聞きたいから、うちまで来てもらえるかな、一旦」

「わかった」

「よーし! じゃあお姉さんに任せなさい! ってことで、ばいばーい!」

 元気よく言うと、ごごうさんは男をずるずると引きずって出ていく。まあここは屋根があるし、突き破ったらいけないよね。ナナサンも一緒に出ていったので、残ったのは四人だけ。いまだに動けないよんごうさんを、あわれむようにお兄ちゃんが見ている。

「あー、どうする? 四号、俺が引っ張ったほうがいい?」

「気にしなくていい。二号も三号も、もう遅いから早く帰った方がいい」

「……わかった。じゃあ四号のこと、任せる。二号、帰るぞ」

「うん」

 うなずくと、お兄ちゃんは手をとって歩き出す。いつものくせみたいで、ちょっと笑いが出てしまう。この姿の時は滅多にしないのに。

 ちら、と肩越しに後ろを向くと、いちごうがよんごうさんになにか声をかけていた。まあ、いちごうなら、力づくでよんごうさん吹っ飛ばせるし、放っておいても大丈夫か。手でもつねるのかなと思っていると、いちごうは諦めたように嘆息していた。うーん、まあ、いちごうの力でやっちゃうと、皮がべりっととれそう……うっ、それは怖いかも。

 ぶんぶんと首を左右に振って今の想像を追い払い、工場の外に出る。うわあ、すごい月が大きく見える。

「お兄ちゃん! 今日はゆっくり帰ろう!」

「わかった。確かに綺麗な満月だしな」

「うん!」

「でも早めに帰らないといけないからな。元に戻ったらすぐに寝る準備をすること!」

「わ、わかってるよぉ。倒れてまたベランダで足ぶつけるわけにはいかないもん」

「そうそう。でも、雨が降ってなくて良かった。足元がすべることがないしな」

「だね」

 微笑みあいながら、帰路につく。星もたくさん見える。本当に綺麗だ。

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