第3の章「ヒーローと、記者と、ネット怪談」 3

 奇妙な魅力のある少女はずっと早霧さぎりのことを名前で呼ばずに、ゴゴウと呼んでいた。普通に考えるなら、当てはめるのは、五号、という数字。彼女の会話に、サンヨンがあったからだ。なんの数字なのか、謎は深まるばかりだ。

「まさかね」

 やれやれ。タクシーでも拾ったかもしれない。考えすぎだ。

「だってねえ?」

 空の星に語り掛けるように、独りごちる。だって、地球人も宇宙人じゃないか、なんて。そんな考え方をする子が、幽霊なわけはないし、それこそ、あのマンションの怪談話になりそうだ。ありえない。



 一番近いコンビニで揃えられるものしか基本的には購入しない。あとは通販でなんとか生活をしている。配達員さんには日々、感謝しかない。心の中で感謝を述べながら、軽い足取りで歩く。

 遠めにマンションを眺める。自分の住んでいる階を見上げていると、珍しくベランダに早霧が出ていた。無造作に髪をまとめているジャージ姿の彼女はぼんやりと空を見つめている。先ほどのことを思い返し、やはり幽霊ではないなと思う。

(レアな姿……)

 ベランダとはいえ、彼女が外に出ているとは。

 そういえば彼女が引きこもりになったのはいじめが原因だったとか、そうではないとか……。どうして人間は、生きている自分一人で精一杯なのに、どうしても他人のことを知りたがり、首を突っ込むのか。根拠のない噂話を醜聞しゅうぶんであればあっという間に広めて、せせら笑う。おもてでは、相手と同調しながら、同情しながら。心の中ではなにを思っているのかすら、わからない怖い生き物だ、人間は。

 自分もかなり学生時代の知り合いとは疎遠そえんになっている。早霧がいじめの標的にされていたらしいとは聞いたが、お隣さんであっても今は核家族時代で、付き合いは密接ではない。

「ヒーローか……」

 隣に住んでいても、赤の他人だ。無償とか有償関係なく、他人を助けるほどの情熱がなければ、そういうことに意義を見出せない。中途半端な手助けはよくないという雰囲気も蔓延まんえんしている。もちろん、そんな中でも正義感の強い人間はいて、躊躇ためらいもせずに手を差し出すだろう。ただ、その小さな正義すらも、加害者たちはつぶそうとすることが、理解はできない。

 学生時代の自分を振り返っても、学校という小さなコミュニティは、本当に社会の縮図とも言えた。そこにないのは、それぞれが生きていくためのお金を稼ぐことくらいだろう。バイトとかではなく、社会人になってからは付き合いもあるし、会社に属すればそこの強弱関係も影響してくる。ただ、学生の時と同じような……それよりも陰湿いんしつないじめは存在する。どちらがひどい、というわけではない。どちらもひどい。

 ただ、大人になればお金を稼ぐことが必須になることもあり、そこを利用されて我慢をいられる。仕事を辞めてもいいのかという葛藤かっとうが、生まれる。そういうことに触れると、まだ学校は逃げればいいのではないか、などと……そんな安直なことを思ってしまう。子供のほうが、より無邪気に悪びれなく、暴力を振るうのに。

 早霧がどの種類のいじめを受けていたのかわからない。子供は大人よりも隠すのがうまい。大人としても、対処がうまくいくとは思えない問題だ。大人自身も、いじめを受けると逃げ場がないことに絶望をするものだからだ。

「……いじめ、か」

 誰が名づけたのだろう、そんな言葉。今は、もう「いじめ」なんて言葉はないほうがいいとまで言われている。確かにいじめ、なんて。わざわざ平仮名で書く必要は、ないと思う。漢字で書いても読めないから? そんな馬鹿な。読めない人に合わせる必要、ある?

 脳裏に早霧の友人? の少女を思い浮かべた。彼女は早霧を救ったのだろうか。ヒーローなんて言葉を使うくらいだ。きっと、そうなのだろう。

「かっこいい子だったなぁ」

 顔とかじゃなくて、態度とか。同じ女性として少しあこがれてしまう。埋没まいぼつしそうな外見なのに、喋ると印象が変わる。けれど早霧に対してかなり横柄おうへいな態度にも見えた。だからよほど親しいのかとかんぐってしまったわけだが、彼氏がいるのは思い返すと驚く。

「また会ったらもっと話してみたいかも」

 ふふんと小さく笑った。



 ネット検索をする。色々とキーワードを変えて検索を再度試みる。やはり、ろくな情報は拾えない。

 怪談話のスレッドへ飛ぶ。まったく裏付けのない虚構の怪談は、古くからある七不思議や、古い村に根強く残っているあれらとはかなり毛色が違う。怪異そのものが、恐怖の一点に特化していると感じることがあった。それは現代ならではのものではある。

 けれども、虚構はやはり虚構であり、本当に口伝くちづたえで延々と引きがれている昔からある怪談は、その時代背景をふくめて現代にも伝わり、そして形を変えていく。

「やっぱダメかー」

 もういっそ、自分で創造して虚構の怪談を書くのはどうだろうか。だがそれも、アンチがいて叩かれる要因になる。

 しかしいくら考えても、怪談とは思えない。ただ現れて消えるだけなど、話も広がらない。

 せめて延々と電車に閉じ込められるとか、奇妙な駅があるとか、そういう奇妙であって興味をくようなものがあればまだいいのに。

 よくよく考えれば意味がわからない。なぜ現れて、消えるのか。目的があるから? けれどもそのことによって誰かが行方不明になったとか、それによって被害にあったというものがない。怪談には、犠牲者がだいたいいる。問いかけをしてきて、間違った答えを言えば酷い目にう、または死ぬことすらあるような噂がない。

 ただの神出鬼没の変人集団など、怖くもなんともない。やはり幽霊か宇宙人……というものがなんとなく無難ぶなんに思えてくる。

「宇宙人……」

 浮かんだのは、連行される宇宙人の図だった。思わず吹き出してしまう。

 さすがに情報が少なすぎる。面白おかしく書こうにも、捏造ねつぞうしか手段がないなどさすがに難しい。依頼のものは事情を添えて断りを入れるしかない。別のネット怪談はどうかと打診してみるのが一番いいだろう。しかしスーツ戦隊が選ばれた理由はわかっている。あまりにも情報が少ないことと、ネタにされるほど誰も注目していないことだ。誰もが知っていることを新しい記事として発信したところで、見向きもされない。

 そして、あっという間に消耗されてしまう。ネットという海に沈んで、ただようことになる。

 眠りから覚めるようにたまに思い出されたり、そのまま沈んだままになったりするのだろう。この時代に限らず、色々なものが沈んで忘れ去られ、またはわざと隠されることも多かったはずだ。人間という生き物は、どうあっても変わることはないだろう。どれほど真面目に生きていても、善良であろうとしても、平等に不幸はおとずれ、不平等に幸福が振りかれる。

 どうせ、スーツのヒーローたちも正義の味方などではない。早霧と一緒にいた少女が人間であったように、正義の定義は人の数だけあり、誰かを助ければ誰かから不満が出るものだ。救済に尽くしてもむくわれることは決してない。

 窮地きゅうちに立たされた時だけ都合よく神や仏にすがる人間を、神や仏が助けることがないように。

「まぁ、そんな都合のいい存在なんて、いるわけないか」

 大きく腕を伸ばし、パソコンの電源を落とした。

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