第4の章「盆踊りと、ナナサンと、楽しいひと時」

第4の章「盆踊りと、ナナサンと、楽しいひと時」 1


 身体からだの弱い妹が、生きがいを見つけた。それは魔法少女ではなく……なんと戦隊ヒーローだった。

浴衣ゆかた貸すから、うちの田舎の盆踊り、参加して欲しい」

 一号の言葉に、全員が無言になってしまう。一号の口からそんなお願い事をされるとは思ってもみなかった。季節は夏。五号が入ってきて間のなくのことだった。

 虚獣きょじゅうを倒してから、彼女は振り向いてそう言った。全員、唖然あぜんとして停止状態である。

「いいの……?」

 瞳をきらきらさせる妹に、一号はうなずく。都会育ちの兄妹としては……どこか遠い夏祭りという響きにどきどきしてしまう。人込みがひどくて、行く気にもならないような祭りに、一号がわざわざ行くとは思えなかった。

 ……でも、なんで急に?

「え、ど、どうして?」

 四号のおにいさんは、相変わらず一号が苦手なようで困ったような笑いを浮かべている。

「ナナサンが参加したいとかふざけたこと言ってるから、見張って欲しい」

 あー……、と全員が納得の声を出す。それは確かに参加して欲しいって言うな、一号は。

 七三分しちさんわけにして、びっちり髪型を決めさせられているナナサンの本名は不明だ。名乗る前に一号が勝手に「ナナサン」とあだ名をつけたのが原因だったが、瓶底びんぞこ眼鏡めがねも彼だけは変身姿でもないのにスーツ姿なのも、一号にやれと言ったかららしい。くわしい事情はわからないが、一号は一番最初に変身した操者そうしゃだけど、その時にナナサンとひと悶着もんちゃくあったらしい。

 ナナサンは一号が怒ると大抵すぐに察して後退するが、この世界に迷惑をかけて申し訳ないとか、そういう感情は持っていないらしい。そこがまた、一号が気に食わないと思っているところだろう。まあ、別の世界のひとに、この世界の人間の思っていることが通じるとは思わない。

「いちごう、盆踊りって、屋台とか出る? ねえ?」

「出る。でも田舎だし、神社の境内けいだいを借りて、みみっちいものしかでないから期待しないほうがいい」

「えー! でもなんかいい! 私は賛成ー! みんな浴衣ゆかたで集合だぁー!」

 一番やる気を出しているのは、引きこもりだったらしい五号だ。彼女はいわゆる腐女子ということらしい……他人の趣味にととやかく言うことはないが、マンガでもいているような言動を時々している。漫画家なのか、引きこもりなのか、どっちなんだろ……。時々卑猥なことを言っているので、妹に影響が出ないか心配になる。

「屋台!」

「浴衣!」

 女性陣のやり取りに、四号と目配せをする。うわー、嫌そう……。四号は大勢で参加するもの嫌いっぽいしな……。それを言ったら一号もか。……またナナサンに脅迫されたか……。一号は口下手というか、単語で話すことが多いので、ナナサンとの出会いも物凄くかなり端折はしょって説明された。

 夏祭りか……。浴衣なんて着たことないし、なんだか面倒だなーとか思うけど、妹が楽しそうなのでまあいいかとも思ってしまう。

「あと、もう一人いるんだが」

 一号がなんだかすごく嫌そうな顔をしている。どうしたんだろ……。

「もう一人? だれだれ?」

「……うーん」

 どう説明したもんかという口調の一号が、顔をしかめている。

「そいつ、ちょっと持病持ちでな。短時間しか遊べないんだ。わたしが渋っていたら泣き出してしまってな……」

「へー。まあ病気であんまり外出られないなら、息抜きというか、思い出は欲しいかもね」

「そういうものか……?」

 そういうものだよ、一号……。どういう子なんだろ。ちら、と妹を見遣みやる。妹もすぐ熱を出したりするけど、それよりもっと悪い状態の人か……。……一号って、友達いたんだなぁ。そっちのほうが驚きだった。

「そいつのこともあって、ナナサンを任せたい」

 なるほどなぁ。まあ確かに、このメンツでいたら一号の友達は驚くかもしれない。小学生から大学生までいたら、なんだこの集団、てなるよな……うん。



 予定の日がやってくると、みんなは一号の指定した場所にやって来た。しかし、一号ってかなり遠いところに住んでるんだな……。しかもすごい田舎だ。こんなに田んぼしかないの、初めて見た。実在するんだな、こんなところ。

「浴衣はなんか近所の人に押し付けられた。着替えは集会所使ってくれていいって」

 集会所? なにそれ。ヤンキーでもいるの? いや、どこにでもいるか。なんか勝手にたむろってる昔風のチンピラたちの姿がぎった。

 それはそうと、一号はなんで変身してるんだろう。確かに荷物多いけど……。

「もう一人を連れてこなければならないから、案内したら適当に着替えておいてくれ」

 この人ほんと、なに考えてるかわかんないなー……。紙袋を受け取っている四号と五号。妹は楽しそうにきょろきょろ見回している。虫よけスプレーを事前に使っておいて正解だった。こんな林の奥深くに呼びつけるなんて。

「その子も着替えるの?」

「本人はそうしたいらしいが、病室からほとんど出ないからな……着替えてから来るかもしれない」

「可愛い女の子でもいいし、可愛いショタでもいいし、可愛いイケオジでもいい……! 萌える~!」

 また五号の悪いノリが始まった。なんでこの人ずっとこのテンションでいられるんだ……すごいよなぁ。

「……会わせようか?」

 さすがに一号が言い出して、あわてて四号と一緒に止める。

「ダメだ! やめたほうがいい……!」

「そうそう! せっかくなんだし、その子についててあげてよ。どうせ後で一号もこっちと合流するんでしょ?」

 このままでは一号の貴重な友達が五号の妄想の餌食えじきにされる! この不愛想な一号と友達でいてくれるなんて、絶対にいい人だ! さすがにそんな人を巻き込めない。

「そ、そうか……?」

「そうだよ!」

 力強く言うと、一号は少し考えるように沈黙して「わかった」と頷いた。よ、よかった……。どんな女の子が来るのかわからないけど、間違いなく五号がチョッカイかけるに決まってるもんな!

「いちごうはどこで着替えるの?」

「迎えに行って、そのまま着替えてからこっちに戻って来る」

 ……監視という名のお守りをしろってことか……やっぱり。でもまぁ、一号がわざわざ嘘をつくとは思えないし、その病気の子だってやっぱ同い年なんだろうし、俺たちみたいに夏祭り参加とか……しないままとか。ん? 五号がちょっと戸惑ってる。……そういえば引きこもりだっけ。やっぱ抵抗は多少なりともあるのかな。

「なんてこったよ……」

 突然の五号の言葉に全員がそちらを見る。

「私たち、誰かまともに浴衣とか着つけられる……?」

 しーん……。なんか、遠くで鳥が鳴いたような。

「やだー! こういうイベントものって、ちゃんとした格好してないと! 美しい思い出よりも、お笑いで終わりそう!」

 なんか……言ってることはわかるけど、やたらと下心を感じるのは俺だけなんだろうか……。いや、四号も気づいたみたいだ。だよな。うん、絶対になんか妄想してるよな、あの人。

「ユズちゃんはできるんでしょ? せめてやってくれない? ね?」

「いや、わたしもできない」

 なんだと……!

 全員が硬直している。

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