第3の章「ヒーローと、記者と、ネット怪談」 2

「あ、恋人とかでもないです。そういう趣味ないですし、彼氏はいます」

「は、あはは、真顔ではっきり言うね~」

「たまたま、身近なヒーローになっただけなので」

「ヒーロー……」

 女性が主人公なら、ヒロインと言うはずの場面で、はっきりとヒーローと言い切るこの態度。それに、ヒーローという単語に反応してしまった。ついでだし、この年頃の子の意見をいてみたい。今時珍しいと思ったのは、なにもその出で立ちだけではない。彼女は早霧が戻ってくるまでの間とはいえ、スマホを一度も取り出していない。今や、時計の代わりにスマホを見る時代に、まったく興味すらないように待ち時間を、本当にただの待ち時間に使うとは。

「そういえば、ネット怪談とか興味ある? 私、ちょっとネットで記事とか書いてるんだよ。まあ、記者と言えるはずもないけどさ」

「? 線引きがよくわかりませんけど、記者さんとわたしは思います」

 あまりにもすっぱりと言うものだから、なんだか調子をくずされるような気分と、興味をく人物だと感じる。これは確かに早霧ではなくとも、うっかり色々と喋ってしまいそうだ。この少女が、興味がないことにはとことん、どうでもいいという態度だからだろうか。

「ありがと。そう言ってもらえると、嬉しいもんだね。で、ネット怪談、やっぱり学校とかでも噂になる?」

「……いえ、興味ないので」

 これだこれ。この割り切った態度がなんとも心地よい。

「やっぱりその年頃はコスメとかそういう方面かな。でもちょっと調べてる怪談が、まったく情報ナシでお手上げなんだよね」

「怪談って、情報がないとかありえるんですか?」

「ネット怪談っていうのがね。普通の怪談とちょっと違うんだよ。本当に噂話だから。昔ながらの七不思議みたいなものと違って、大筋が合致するようなものだけじゃなくてね。

 いま、スーツヒーローの怪談を調べてるの」

「は? スーツヒーロー? なんですかそれ」

 奇妙に聞こえるのも当然だ。怖い要素がない単語の組み合わせだし。

「面白いよね。発端ほったんは、一年前のネット動画なんだけど、それも情報少ないし。その頃にあった大きな出来事っていうか、ほら、山の地滑じすべりがあったとかいう記事のほうが大きく取り上げられてたし」

「…………そうですか」

「なんでも、戦隊ヒーローみたいなスーツの五人組がいるって噂なんだけど」

「全然怪談ではないですね」

「まあそう思うよね。私も怖くないからなんで怪談なんだろうって思って調べてるんだけど、そのスーツの五人組、いきなり現れて消えちゃうらしいんだよね。こう、瞬間移動みたいにパッと現れて消えるっていうか。それでびっくりするのかなって」

「…………」

 冷たい目で見てくる。まあそういう反応なのはわかっていた。呆れちゃうよね。まだフェイクニュースのほうが面白いはずだ。

「宇宙人だとか、目の錯覚とか、色んな噂が転がっててどうしようってなってる」

「…………宇宙人でいいんじゃないですか」

「え? そのセツをすんだ? 予想と違う」

「だって」

 言いかけた彼女が視線を相沢家のドアに向ける。早霧が戻ってきたようで、張り切ってドアを開けた。まだここに居たこちらに少し驚くが、すぐに紙袋を少女に差し出す。

「これ~、お願い~」

「……インスタントラーメン……」

「ユーイチくんが気になってるって言ってたやつ。前の出張で見つけたから」

、ね」

 引っかかる言い方をする少女は、紙袋を受け取り、こちらに軽く頭を下げる。

「じゃあ。あ、さっきの宇宙人ていうの、地球も宇宙の中の惑星なので、ハズレではないと思ったので」

 え。ナニソレ。

 いや、言っていることにスジは通っているけれど、まさかそんな理由で?

「じゃあな、ゴゴウ」

「はいは~い、またね~」

「あと、原稿進まないって理由でサンゴウとヨンゴウをモデルにしないように」

「え~。できないって。ユーイチくんも、ハルカくんもさすがにそういう目では見ないから」

「…………」

「暇な時にふと思い出してやっぱいいな~って思うくらいは許してよ~」

にそんなこと考えるひまとかあるなら、うらやましい限りだがな」

「いや、だってユズちゃん強過ぎるから、みんなより多く出番がないと困るでしょ?」

「サボッていい理由にはならない」

「……そーだね。ごめん。あの時は本当に急になんか思い出しただけなんだよね~、ほんとごめん」

 すみませんと言わんばかりに早霧は両手を合わせて謝る。明らかに少女のほうが年下だろうに、すごく低姿勢だ。ますます奇妙な関係に思える。

 溜息ためいきをひとつだけ落として、彼女は颯爽さっそうとこちらに背を向けて歩き出す。そのゆったりしているように見えて、素早い足取りになんだか魅せられてしまう。本当に不思議な魅力のある子だ。

 早霧は彼女が階段のかげに消えると、すぐさまこちらを一瞥いちべつしてドアの向こうへと消える。ばたんと無機質に響く音に、早霧の冷たい瞳が重なった。……嫌われた、かな。

 嫌悪を露骨に出しているわけではないが、あからさまな温度の違う対応に「塩だわ~」と笑ってしまう。

 あの少女を追うような形になってしまった。下で追いつけるかなと思っていたが、階段をすべて降りてから外に出ると、そこはただの夜道しかない。足音もまったくしない。あれ……そこまで歩くのに差がついていただろうか?

 きょろきょろと周囲を見回す。それほどひとがない道ではないが、それにしても彼女の後ろ姿も見えないというのは驚きだった。まるで、幽霊のように消えてしまった。

 つい先ほど自分で言ったことを思い出す。現れたと思ったら、消えている。秘密の怪しい宇宙人のヒーロー。

「あー、連絡先訊いておけば良かったかな」

 そんなことをぼやいている自分自身に驚く。早霧とさほど違いがないほど、在宅での仕事ばかりしているのに……必要最低限の人脈さえあれば、当面生きていくにはなんとかなる。今はネット時代なのだし。彼女がまたここに来るなら、会う機会はある。

 コンビニへと向かうことにして、歩き出す。すっかり夜だ。星がちかちかとか細く光っているのを眺めていて、ふと、足を止めた。スマホを取り出す。いま、深夜の2時だ。制服姿で? この近所の子だろうかと疑問になったが、そんなことはないはずだと首を振る。だって、賃貸物件を探す際にこの周辺は調べたのだ。この付近に、あのマンション以外の賃貸の物件はない。それに、あるのは会社やお店のビルばかりで、一軒家などは、皆無だ。

 幽霊のよう、だ。そして、背筋が凍った。

 会話がおかしいということに、気づかなかった。自分が仕事の都合でついつい夜更かしをするから、それが当たり前になっていてすこんと抜け落ちていた。

 晩御飯、と早霧は言っていた。会話そのものがおかしい。まるで、夕飯の時間がなかったかのような会話。おかしいじゃないか。こんな夜中になるまで、高校生がなにをしていたのだ? しかもこの時間帯にもう電車はない。どうやって帰宅する気なのかわからず、呆然と突っ立ってしまう。

「宇宙人……」

 たまたまヒーローになっただけ。

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