第6話 ミナトの未来予想図と粉砕された俺の進路希望用紙
「はいリュー君、この紙にフルネームと私に生涯の愛を誓いますって書いてね」
お昼休みに教室でパンを食べていたら、黒髪ロングのお嬢様、ミナトがニッコリ笑顔で小さな紙を手渡してきた。
「え……?」
飲んでいるコーヒー牛乳を噴き出しかけたが、何て? この紙に何を書くって?
ミナトに手渡された小さな紙。枠線だけが書いてあって、あとは空欄。
一体なんの紙なのか分からない。
学食でお昼を終えたであろうミナトが教室に帰ってくると、クラスメイトにその小さな紙を一言添えて配り、最後に俺のところに持ってきたと思ったら、意味不明な発言。
「先生に頼まれたの。将来の夢を書いて、放課後までに提出だって。リュー君はもう決まっているよね? ふふ」
少し黒いオーラを放ち、悪魔の微笑みをするミナト。
そういえばミナトはクラスの委員長をやっていたな。
高校に入学した初日、クラスの役職を決めたが、一番に手を挙げてクラス委員に立候補した。
ミナトは高校の入学試験で一番の成績を取り入学した才女。
性格も柔らかく、誰にでも優しい言葉と笑顔で接するので、先生からの信頼も厚い。
誰の反対もなく、皆が納得のクラス委員となった。
まぁ俺も適役だと思っている。ミナトは大企業の娘さんで、慣れているせいか、大人だろうが臆せず話せる。
放つオーラが強く、ちょっと怖い系のクラスメイトも、ミナトの行動には素直に応えてくれている。
小学校、中学校と、ずっと委員長をやっていたので、その記録は継続か。
しかし、今ミナトが放っている黒いオーラ、それ他の人に向けたことないよね? 俺にだけに放っていないか?
「あれ、佐吉には『進路希望表』って言って渡していなかったか?」
俺の前の席の悪友佐吉、彼に渡すときに、確かにミナトはそう言っていたはず。なんで俺だけちょっとニュアンス違うの。
「ちぇー、聞いていたのですか。もう、リュー君にはどっちでも同じことですー。どうせ私と一緒になるのですから、ふふ」
俺は少し反論するが、ミナトは悪びれることもなく、ぐいぐいと俺の右手を掴み、恐ろしい握力でペンを掴ませ文字を書かせようとしてくる。
オッファ、ミナトって結構握力強いのね……って、俺は何を書かされようとしているのか。
「いや、俺たぶん実家の家業継ぐと思うし……」
「リュー君には可愛い妹さんがいますよね? あの喫茶店は妹さんにお任せして、リュー君は私のところに来ましょう。ええ、それが一番丸く収まりますし!」
俺の実家って喫茶店で、これが結構賑わっていてさ、売り上げもかなりあるんだ。
夏休みの計画に向けてアルバイトをしようと思っているが、もう強制的に家の喫茶店のお手伝いをするって決められているんだよね。マジで毎日忙しいし。
正直俺、喫茶店のお仕事好きなんだ。
料理もまぁまぁ出来るし、俺が作るコーヒーは常連さんに評判で、金髪ヤンキー娘カレンがコーヒー好きになったのも、俺のコーヒーを飲んだから、なんだよな。
紅茶も良い物を仕入れていて、目の前にいるお嬢様、ミナトが紅茶好きになったのも、うちの紅茶を飲んだから、が始まりのはず。
「妹……確かに俺には妹のリンがいるけど、あいつはパン屋をやりたいとか言っていたような」
「大丈夫です、喫茶店で焼き立てのパンを出せばいいだけです。そうですよね、リュー君? ふふ」
ミナトさんの圧が増してきたんですけど、確かに喫茶店で焼き立てのパンって、人気でそうだな。今度親に提案してみるか。
「いや俺、学力そこまで高くないしなぁ。ミナトのところって……すっごい学力無いと無理そうだけど」
大企業の社員って、相当のエリートじゃあないと務まらないような。
「大丈夫です。私がなんとかしますから、ふふ」
なんとかって……そういやミナトはマジで頭が良いんだよな。
てっきり高校は、それはそれはハイクラスの進学校に行くものだと思っていた。
それが何で俺が入れる程度って言い方も失礼だが、この普通の高校を選んだのだろうか。
「……ミナトって家を継ぐんだよな? 実際ミナトは子供の頃から勉強すっごい頑張っていたし、結果も出していた。それは自分の将来を見据えての行動だろうし、ミナト自身にも不満は無さそうだし。なのに何で高校は……ここなんだ? もっと良い高校のほうが……」
「さすがリュー君です。私を子供の頃から、ずっと優しい笑顔で見守ってくれていましたよね。そのおかげで辛いときも乗り越えられました。今の私があるのは、全てリュー君のおかげなんです」
俺の質問にミナトが食い気味に返してくる。
俺のおかげ? いやいや、ミナト自身の絶え間ぬ努力の結果だろうに。
「……だからこそ、私が今後も笑顔で歩んで行く為には、どうしてもこの高校でなくてはならなかったのです」
ミナトが真面目な顔になり、凛とした表情で真っすぐ俺を見てくる。
「私は嫌なんです……いくら優秀だろうが、知らない人となんて一緒になりたくないんです。確かに私の進路はもう決まっています。親の期待にも全力で応えるつもりです。そこには一切の不満はありません。覚悟だってもう決めました。だってそれが川瀬という名を背負った者の宿命なのですから」
宿命……まぁ、俺の喫茶店を継ぐ、なんて進路とは比較にならないほど、ミナトに課せられた役割は……重い、よな。
それなのにミナトは、文句の一つも言わずここまで頑張って来た。それは俺がずっと見てきた。
覚悟、か。同い年だってのに、ミナトはすごいな。
「ただ、これだけは譲れないのです。将来、私の横に立っているであろうパートナー、これだけは自分の意志で、自分の心で選びたい……。ここだけは親の決めた道には進めない。だって私の心と身体は、リュー君と共にあるのですから」
キリっとした顔でミナトが言い切り、さらなる握力で俺の手を掴んでくる。
こ、心と身体……? いてて、な、何?
「リュー君んん……! 抵抗しないで……!」
ちょ、何か書く文字を誘導されているけど……ミ、ナ、ト、と、結……ちょ待て、何て書かせようとしているんだ?
俺は喫茶店だっての!
結局進路希望の紙は、ミナトと俺の力比べに巻き込まれ粉砕。
新たに先生から紙をもらい、俺はすぐに家業と書き提出しようとした。
が、ミナトも新たに紙を持っていて、なぜかそこに俺の名前が書き込まれ、何事か進路希望欄に書かれていたが、問答無用で取り上げた。
ったく、普段はおしとやかなお嬢様なのに、たまに興奮して暴走するよな、ミナト。
そういえば見ずに捨ててしまったけど、ミナトが俺の名前で提出しようとした紙、なんて書かれていたのかなぁ。
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