第5話 カレンの志望動機とミナトの強めの握力



「おいリュー、勉強教えてくれ」


 朝、高校の教室に入り自分の席に座ると、右隣の金髪ヤンキー娘カレンが青い顔で俺の胸ぐらを掴んできた。



「勉強……?」


 俺は何のことか分からず驚く。


 いきなり俺の胸ぐらを掴んだカレンの行動に、周囲のクラスメイトも驚いている。


 まぁカレンって言葉より先に手が出るからな。理解していないと、暴力的、と勘違いされやすいタイプ。



「今日一限目の日本史、小テストあんだろ。私こういう歴史っていうの、苦手なんだ」


 カレンが自分の机にある日本史の教科書を指し言う。


 ああ、そういや一限目、小テストをやるとか先生が言っていたな。別に小テストなんて成績に影響ないと思うが。


 でもまぁここまで習ってきた内容の、区切りの理解度の確認は必要か。


 にしてもカレンさん、相手の胸ぐら掴んで『勉強教えてくれ』は、色々と行動が間違っていないか?



「とは言っても、俺だって誰かに教えられるほどの学力はないぞ。基本俺、こういうの丸暗記派だし」


 歴史系って、もう二択だろ。


 丸暗記か、物語として読んで流れを理解し覚える、どっちか。


「それでいい、教えてくれリュー!」


 カレンが泣きそうな顔で言うが、丸暗記の方法って……教科書読む以外どうすればいいの。



「ええっと、丸暗記っても色んなやり方があって、一番応用効かないのが単語一個だけ覚えるやり方かな。例えば、人物名だけ覚えても、そいつが何なのか分からないと意味がない。だから、最低でも人物名とやったこと、この二つの単語を繋げて覚えるんだ」


「二つ……なるほど」


 カレンが頭を抱え、ブツブツと呟きながら小テストの範囲の丸暗記を始める。



 そういやカレンって中学のとき、学力は結構下のほうだったよな。


 この高校のランクって中間ぐらいだが、カレンからしたら結構上のランクになるはず。


 なんでこの高校を選んだのだろうか。


 カレンは学力こそアレだがズバ抜けた運動神経の持ち主で、中学時代は球技、陸上と、どちらもその部活のエース相手に圧倒的に勝つ、ぐらいのとんでもスポーツ少女だった。


 こないだ体育の授業でマラソンをやったが、グラウンド五周ぐらいなら、俺からしたらありえない速度で走り、それでゴール出来るレベル。


 なのでそういうのを活かして、スポーツ特待のある高校に行くもんだと思っていた。


 でも中学の時はあちこちのスポーツ系の部活から誘われていたが、全部ヤンキー座りで睨み返して終わり、という感じだったな。


 運動神経は抜群だが、特定のスポーツが好き、というわけではないのかな。



「なぁ、カレン」


「……! な、なんだよ……あれだからな、男で呼び捨て許してんの、リューだけなんだからな! あ、分かったぞ、見返りか、勉強教えたんだから報酬寄越せってんだろ! お前のことだからどうせエロいやつに決まっている! ……いいぜ、私はお前の挑戦を受けて立つ!」


 どうしてこの高校を選んだのか聞こうとしたら、急に顔を真っ赤にさせたカレンがとんでもない早口で喋りだし、最後は誓いの拳、みたいに手をグーで突き出してきた。


 なんだこれ。


「報酬? いやそうじゃなくて、カレンってどうしてこの高校を選んだんだ、と思って。家から近いからか?」


「……チッ、違うのかよ……! お前もっとガツンと来てもいいんだぞ……くそ。あ? 高校? そんなん……分かんだろ……どうしても私はこの高校じゃなきゃダメだったんだよ。だって……リューがこの高校行くって言うから、すんごい勉強して頑張ったんだ……」


 俺の質問にカレンが顔を赤くし、小さい声で言う。


 へぇ、勉強したのか、そりゃすげぇ。あの勉強が苦手なカレンが……そうか、カレンもやれば出来るんだな……なんか俺嬉しいよ。


「頑張ったんだな、偉いぞカレン」


 勉強を頑張るカレンという、普段絶対にありえない映像が頭に浮かび、俺は感激のあまりにカレンの頭を優しい笑顔で撫でる。


「………………ふゅいk;「@ー!」


 俺の顔を真っ赤な顔で見ていたカレンだが、次の瞬間表記が出来ない言葉を発し、教室を出て行ってしまった。


 あ、おい、もうすぐ授業で小テスト……。




「それじゃあ隣の席の人とテスト用紙交換して採点開始ー」


 飛び出して行ったカレンだったが、すぐに戻ってきて小テストを受けることが出来た。


 先生の指示で隣の席の俺が採点してみたが、十問中、七問正解。


 俺が六点だったので、俺より良いという。


 関連付け丸暗記が上手くいったようだな。



「ははは、見ろリュー! これがお前好みに染められた私の力だ!」


 カレンが『七』と赤字で書かれたテスト用紙を自慢気に持ち、ニッコリ笑顔で俺に見せてくる。


 言い方、表現がおかしいぞカレン。


 俺に丸暗記のコツを聞いてそれが上手くいった、これが正解な。


「なんですか、こんな小テストぐらいで気を張って。リュー君好みに染められた? ……それ、どういう意味ですか? カレンだけにそういうことをしたのですか? ず、ずるいです……! 私だってリュー君好みに染められたいのに……!」


 俺とカレンのやり取りに気付き、左隣の黒髪お嬢様ミナトが怒りだす。


 いや、そんなことはしていないし、頼むから誤解を生むような表現は止めてください……。


「ははは! やっぱりリューと初めての共同作業ってやつは最高だ!」


「初めての共同作業……? ちょ、リュー君、なんですかさっきからカレンから飛び出す危険なワードは!」


 ミナトが俺の左腕を掴みグイグイ体を揺らしてくるが、それはカレンに聞いてくれ。俺は危険なワードとやらは、一切教えていない。


「リュー君!」


「ははは!」



 ……よく分からんが、まぁいいか。


 カレンの満面の笑顔を見ていたら、ミナトの結構な握力からくる痛みも我慢出来──いや、結構痛いぞ。



 うん、痛い。









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