第3話 お楽しみのあとのマラソントラブル
「ひひっ、昨日の夜はお楽しみでしたね」
翌日、教室に入ると、前の席の悪友、四ツ原佐吉が自慢の糸目をさらに細めて嫌味っぽく言ってきた。
「……何の話なのか分からんな」
今日の一限目は体育。
登校二日目にいきなりマラソン授業なので気が重い。
そして朝から意味不明な佐吉の言葉。昨日の夜? まぁ今期一番楽しみにしていたアニメがやっていたので充実した夜ではあったが。
「二人とも、歌上手いよなぁ。なんか別の想いも込められていたし……ひひ」
佐吉がさらなる意味深追撃をかましてくる。
ん? 二人の歌? もしかして……昨日の俺の家で起きたイベントことを言っているのか?
確かに昨日の放課後、幼馴染みのハイスペック美女二人が俺の家でカラオケを楽しんではいたが……。
でもその場にいたのは俺、ミナト、カレンの三人だけだった……。なんでこいつが昨日のことを知っているんだ?
そういやコイツ、家が近いんだよな。もしかして覗いていたのか?
あの後普通にお開きにして、一人でゲームしてただけだぞ。
「三年間、とりあえず上手くやって楽しめよ。その先の選択は……お前次第だな。ひひ」
その先の選択?
え、なんだコイツ。
ゲーム序盤で出てきて、まるで俺に今後起こる未来を知っているかのように振る舞う意味深キャラじゃん。
怖っ。
「おらぁあああああ! なんだよ、おっせぇぞリュー! はははは!」
グラウンドに移動して男女混合マラソン開始。グラウンドを五周したらゴール。
とりあえず、全員の運動能力を計るってやつかね。持久走とか苦手でダルいけど。
砂埃を巻き上げ、それマラソンで出すスピードじゃねぇだろうって速度の女性が俺の横を元気に駆け抜けていく。
双葉カレン、そう俺のハイスペック幼馴染みの一人である。
染めた金髪をなびかせ、綺麗なフォームでグラウンドを駆け巡る。
着ている服は皆と同じ学校指定ジャージなのだが、カレンは背が高いので際立つ足の長さとスタイルの良さ。
周囲の男子の視線がカレンの躍動するお胸様やお尻様に集中するが、俺も……その気持ちは分かる。
子供の頃からあいつとは一緒だったが、高校生になってさらに魅力にブーストがかかった感じ。少年の純な視線を鷲掴みってやつだ。
つかカレン、マジで走るの速すぎ。……まだ一周目だぞ? いきなり周回遅れにされたんですけど。
そういやカレンは、運動能力のスペックが常人超えだった……。
「はぁ……はぁ……助けてリュー君……私こういうの苦手で……」
言っては悪いが、ドテドテと効率の悪いフォームで俺の後ろを走る女性、川瀬ミナト。
一周目にして真っ青な顔で俺に助けを求めてくるが、悪いがマラソンという個人競技で相手を助けるやり方が分からん。
ミナトは頭脳に関してはハイスペック幼馴染みなのだが、体力面ではこの通り。
逆にカレンは体力お化けの学力お察し娘。
なんというか、綺麗に正反対の二人なんだよね。
「頑張れミナト。ほら、俺の後ろについて来るんだ」
「はぁはぁ……ああ、リュー君が優しい……やっぱりリュー君はリュー君なんだよね」
さすがに見ていられない真っ青フェイスだったので、倒れられても困ると俺は走るペースを落とし、ミナトの少し前を走るようにする。
やっぱり俺は俺だよね、って意味が分からないのですが。もしかして酸素が頭に回っていないのか?
「大丈夫か、ミナト。マラソンの授業、今回はタイム測定じゃなくて個人の体力測定が目的だろうから、無理しなくていいんだぞ。ダメだったら言えよ、背負ってやるから」
今回のは体育の授業としての早い順で点数を付ける試験ではなく、体力測定が目的だろう。ならば私の体力はこれぐらいです、で問題はない。
つか疲労で転んでケガなんて、絶対にさせるもんか。せっかく昔のように仲良くなれたんだから、俺はミナトを守るぞ。
「……! ああああ! ダメです……私もう一歩も進めません……きっとこのままここで倒れて干からびていくの……ああ、足がー……チラッチラ」
俺が心配で声をかけると、ミナトの目が怪しく光り、急にシオシオとグラウンドに座り込む。
そして何かを期待した上目遣いで、俺をチラチラ見てくる。
ちょ、おい……なんかわざとらしいが、実際体力無いしなミナト。怪我をする前にコースアウト、先生の横に置いておくか。
「ったく、ホラ、おぶってやるから乗れ」
「はぁぁぁあああああ! 来た……! リュー君の広い男の背中ー!」
俺がしゃがみ、背中をミナトに向けた途端、獣の雄たけびのような声が聞こえ、さっきまでのフラフラはどこへやら、獲物を見つけたハヤブサのごとくミナトが俺の背中に抱きついてくる。
早っ……! って元気じゃねぇか! 顔も血色良くなってるし。
「ああ、暖かい……子供の頃ぶり……やっぱりリュー君の背中は安心する……」
ミナトが全体重を俺の背中に預けてくる。
フオオオオオ……ちょ、そ、そういえば子供の頃、よく歩けなくなったミナトを背負っていた記憶があるが、十六歳のミナトさんのソレはあの時の比じゃねぇ……!
で、でかぁぁぁ……! これやばい、背中にすっごい大きくて柔らかいものが押し当てられている……!
カレンもそうだが、ミナトも色々と成長しているぅぅ……!
「テメェええええ! 相変わらず小賢しいんだよ! おいリュー、そいつを投げ飛ばせ! 私がリューを抱っこしてやるから!」
さっき俺の横を駆け抜けて行った金髪娘カレンが、とんでないダッシュで背後から迫ってくる。
嘘だろ……それ、俺が周回遅れ二周目に入るじゃねぇか。どんだけ体力あるんだ、カレン。
そして抱っこするならミナトにしてくれ。俺を抱っこって、意味が分からん。
「いやいや、ミナトは昔から体力が無いのをカレンだって知っているだろ。大事な幼馴染みであるミナトに、ケガなんてさせられないだろ」
「だ、大事……! この世界で私だけが特別で大事な存在……! 嬉しい、そこまでリュー君が私のことを想ってくれていたなんて……!」
背中に乗っていたミナトがさらにがっしり俺に抱きついてくる。
うおおおお……背中は柔らかいけど、腕の締め付けがすげぇぇ! まるでレスリングの絞め技でも喰らっているかのよう……。
って、なんか俺が言っていないセリフを足されていないか?
「チッ、このっ……! あああ! なんか手首が痛いぞぉ! おいリュー、緊急事態だ! 私が抱っこしてやっから、早くそいつを投げ捨てろ」
俺とミナトの状況をプルプル体を震わせながら見ていたカレン。
急に内なる炎が抑えられなくなった厨二病男子のように右手首を掴み、ズバッと手を広げ俺を抱きかかえようと構えてくる。
手首が痛いのに、どうして俺を抱きかかえようとするの。
さっきから行動がおかしいぞ、カレン。
体育の先生とかクラスメイトたちがポカンと口を開けてこの様子を見ているが、一体どう振る舞うのが正解なのか。
そして皆が足を止めているなか、悪友佐吉が我関せず爆走し、トップでゴールをしていた。
なんか佐吉君喜んでいるけど、別にこのマラソン、順番競うやつじゃあねぇぞ。
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