第78話

《side桜木鷹之丞》 


 雪解けの春を迎え、待ちに待った江戸行きの時期がやってきた。


 蘭姫様との婚儀の準備も整い、いよいよ両親にご挨拶へ向かうことになる。


 美波藩での任務も順調に進み、ぬらりひょんの動向は心配ではあるが、これ以上の遅延は許されないと、俺は意気込んでいた。


 朝早くから旅支度を整え、美波藩のことは井上玄斎殿に後のことを任せるために、最後の打ち合わせを行った。


 井上玄斎殿は長年美波藩を支えてきた家老であり、俺の右腕とも言える存在だ。

 彼に藩のことを任せることで、安心して旅に出ることができる。


「桜木様、どうかお気をつけて。藩のことはお任せください。何かあればすぐにご連絡いたします」


 井上玄斎殿の落ち着いた声に、俺は頷いて応えた。彼がいる限り、美波藩は安泰だ。後顧の憂いを残さず、江戸へと向かうことができる。


 今回の旅路は、護衛も含めて万全の態勢が整えられている。


 お鶴の代わりに陰陽師として力をつけ始めたお玉を筆頭に、美波藩の侍大将を務める新之助が護衛を指揮して、狸忍びであるゲンタ、ミタといった腕利きたちが同行してくれている。


 これらは蘭姫様を守るために一行の中核を担ってくれる。


 特に、お玉とミタは女性として蘭姫様の側に寄り添い、彼女を安心させる役割を果たしてくれることだろう。


「蘭姫様、お籠は準備が整いました。ご出発のお時間でございます」


 お玉が蘭姫様に優しく声をかけ、蘭姫様が穏やかに微笑んで籠に乗り込む。

 彼女の気品溢れる姿は、まさに美波藩の宝であり、俺の心の支えでもある。


「桜木様、どうか気をつけてくださいね。私も皆と一緒に、精一杯お守りいたします」


 お玉の言葉に、俺は深く頷いた。護衛の者たちは、皆一丸となって蘭姫様を江戸まで安全に送り届けるために気を引き締めている。


 俺は自分の馬に乗り、蘭姫様の籠の横に並んで歩みを進める。


 馬の背中に感じる重みが、これからの旅の責任を象徴しているように思えた。


 蘭姫様を安全に江戸まで送り届け、両親に挨拶をするという重大な使命を果たさなければならない。


「さあ、行くぞ。皆の者、気を抜かずに参ろう」


 俺が声をかけると、新之助やゲンタ、ミタたちが一斉に返事をして、隊列を整えた。


 護衛が多くいる中で、俺は一行の先頭に立ち、江戸を目指して歩みを進める。


 道中は、まだ冬の名残を残す冷たい風が吹き抜けるが、空気は春の香りを漂わせている。


「桜木様、この先の道は少し狭くなっています。気をつけて進みましょう」


 新之助が前方を確認しながら声をかけてくれる。彼の鋭い目と判断力は信頼に足るものであり、俺も彼の指示に従って馬の歩みを調整する。


「了解した、新之助。皆の者、蘭姫様をお守りするためにも慎重に進もう」


 俺はそう言いながら、周囲の景色に目を配った。


 山々の雪はまだ完全には解けていないが、道端には早くも新芽が顔を出している。 春の訪れを感じながらも、この旅が何事もなく終わることを祈るばかりだ。


 途中、幾つかの村を通り過ぎるたびに、村人たちが籠に乗る蘭姫様に挨拶を送ってくる。


 そのたびに蘭姫様は、籠の中から優雅に手を振り、微笑んで応えていた。彼女の笑顔は、村人たちに安心感を与え、彼らもまた俺たちの旅路を見守ってくれている。


「蘭姫様、道中はいかがですか?お疲れになっておられませんか?」


 俺は籠の横に馬を寄せ、蘭姫様に声をかける。彼女は籠の中から微笑みを浮かべ、静かに首を振った。


「ありがとう、鷹之丞様。お陰様で快適に過ごさせていただいております。この道中、あなたと共にあることが私にとって何よりの安心です」


 彼女の言葉に、俺の胸が温かくなる。蘭姫様を守り抜くことが俺の使命であり、そのためにはどんな困難にも立ち向かう覚悟がある。


 日が傾き始めた頃、俺たちは小さな宿場町に辿り着いた。ここで一晩を過ごし、翌日には江戸へと再び旅を続ける予定だ。


 宿に到着すると、すぐに部屋が用意され、蘭姫様を休ませることができた。


「桜木様、夜の護衛は万全にいたしますので、どうかご安心ください」


 新之助がしっかりとした声で報告してくれる。俺は彼に礼を言い、宿の中を見渡す。この宿場町は静かで平和な場所だが、油断は禁物だ。


 何か起こるかもしれないと常に警戒を怠らないよう、護衛たちに指示を出した。


 夜も更け、蘭姫様が無事に休んでいることを確認してから、俺も床についた。


 江戸までの旅路はまだ続くが、蘭姫様を守り抜くためには、この旅の間も常に心を引き締めなければならない。


 翌朝、再び旅路に戻り、江戸に向けて歩みを進める。


 山々の雪は少しずつ解け始め、川のせせらぎが春の訪れを告げている。


 俺は馬の背中に揺られながら、江戸での挨拶を心の中で反芻しつつ、蘭姫様との未来を思い描いた。


 蘭姫様が籠の中から話しかけてくるたびに、俺は彼女の笑顔に癒され、その度にこの旅が無事に終わることを願った。


 江戸に着けば、彼女の両親に正式に結婚の許可を得ることができる。

 美波藩の将来も、彼女と共に歩むことでより一層輝かしいものになるだろう。


 俺たちの旅は順調に進み、江戸が近づくにつれて街道も賑やかになってきた。


 江戸の町が見え始めたとき、俺は深い感慨に包まれた。

 ここから先は、美波藩の未来と、蘭姫様との新しい生活が待っている。


 そして、その未来を守るためにも、この旅を無事に終えなければならない。俺は馬を進め、蘭姫様を江戸の街へと導いていった。

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