第73話
《side桜木鷹之丞》
江戸での百鬼夜行が終わった後も、各地で妖怪の被害が相次いでいるという報告が次々と俺の元に届いていた。
江戸の騒動が収まったと思ったのも束の間、今度は幕府に反旗を翻す恐れのある者たちを特定するという新たな任務が俺に課せられていた。
水戸様から依頼された仕事に対して、自分なりに取り掛かることにした。
この任務を遂行するため、俺は美波藩の狸忍びたちを各地に派遣していた。
彼らは元々15人ほどの小さな家族だったが、この一年で100人近くにまで増殖していた。美波藩の忍びとして欠かせない存在となっている。
狸忍びたちは情報収集や暗殺、さらには変化術を駆使して、敵を欺くことに長けており、俺の目となり耳となって動いてくれている。
風車弥一の教えを習った彼らの働きは普通の忍びよりもさらに優秀で、また変化の力と妖怪としてのどっちにも立ち位置が取れることで情報集めが二倍に増えている。
そんなある日、狸忍びの頭領が俺の元にやってきた。彼の表情には緊張が走っており、何か重大な事態が起こったことが一目で分かった。
「桜木様、各地から次々と妖怪被害の報告が上がっております」
頭領の報告に、俺は眉をひそめた。この国に新たな混乱を引き起こすわけにはいかない。何よりも、俺は美波藩主として藩を治める責務を負っている。
「どんな被害が出ている?」
俺は慎重に尋ねた。すでに心の中で最悪の事態を予測しながら、頭領の言葉に耳を傾ける。
「まず、近江では夜になると狐火が至るところに現れ、村人たちが怯えております。また、美濃では巨大な影が屋敷を襲い、武士たちが命を落とす事態に。さらに山中では、木々が自らの意志を持つかのように動き出し、村々を襲うケースが増えております」
俺は頭の中でそれらの情報を整理しながら、どうしても背後に何者かの存在を感じずにはいられなかった。
江戸で取り逃がした百鬼夜行の主、ぬらりひょんはどこに行ってしまったのか?
「背後に誰かがいるな…。狸たちを使って、幕府に反旗を翻す意志がある者たちを確かめさせろ。同時に美波藩に妖怪の被害を出したくはない。こちらで被害が出そうな場所を調査してくれ」
俺は即座に指示を出した。これ以上、妖怪の被害が広がり、幕府に対する不満が高まれば、反乱が勃発する可能性は高い。それを防ぐためにも、疑わしい者たちを早急に特定しなければならない。
「承知いたしました。すでに狸忍びたちは各地で活動を開始しております。今や彼らの数は100を超え、情報網も強化されております。また鍛え上げたことで、各地のたぬき達を従えようとしております」
「ほう、そちらはそちらで社会を構築しているというわけか?」
「はっ!? しかし、我らの忠義は桜木様の物でございます」
「心配はしていない。貴殿らとは契約を結んでいるからな。だが、俺に幸福をもたらしてくれたのは座敷童のサエ殿であり、お前達だ感謝している」
頭領の報告に、俺は少しだけ安堵した。狸忍びたちがいる限り、情報収集の能力に関しては俺たちに隙はない。
「ありがたきお言葉!」
「だが油断はするな。背後にいる者がどんな手を使ってくるか、分からんからな」
江戸での一件を思い出せば、ぬらりひょんや九鬼影衛門といった影の存在が常に裏で事態を操っていたことを思い出す。
今回も同じように、妖怪を使って騒乱を引き起こそうとする者がいるはずだ。
「各地の状況をしっかりと見張れ。少しでも異常があれば、すぐに知らせるんだ」
頭領は深々と頭を下げ、素早くその場を立ち去った。狸忍びたちはすでに動いている。彼らの力を信じるしかない。
俺は一人、静かな部屋に残されながら、今後の事態に備えた。
「また、あの暗い日々が繰り返されるのか…」
俺は自らに言い聞かせるように呟いた。
この国を守るために、俺たちが立ち上がらなければならない時が再び訪れたのだ。
狸忍びたちと共に、必ずやこの事態を未然に防いで乗り越えてみせる。
「鷹よ。父上から文が届いた」
「文でございますか?」
「そうだ。私に結婚する前に江戸に来るように、そしてちゃんと親へ報告しなさいというものだった」
今更何を言っている? これまで蘭姫様を放置して、悪意に満ちた相手を教育係につけていたというのに。
「蘭姫様はご両親に会いたいですか?」
「うむ。ケジメはつけておきたいと思っておる」
気丈な顔をした蘭姫様に俺は決意を固め頷いた。
これから始まる戦いが、俺たちにどれだけの試練をもたらすのかは分からない。
蘭姫様が望むことであれば、叶えてあげたい。
「かしこまりました。冬を終えて春になる頃に江戸で立てるように準備をしましょう」
「うむ。すまぬの」
「いえ、彼らが蘭姫様を産んでくれたことは事実です。私の宝を貰い受けるのですから、挨拶は私もしとうございます」
「ふふ、鷹よ。愛しておるぞ」
「はっ!?」
「妾のような小娘の言葉に顔を赤くする鷹はウブじゃのう」
そんな蘭姫様に揶揄われながら、冬が越えなければ良いと思ってしまう。
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