第74話

 雪が静かに降り積もる美波藩の冬、藩内はいつものように落ち着いた雰囲気に包まれていた。


 城下町では、商人たちが冬の寒さに備えて、暖をとるための薪や石炭を運び入れ、農民たちは雪に覆われた畑を見回りながら、厳しい寒さにも耐える作物を育てていた。


 外は白銀の世界が広がり、町の子供たちは雪だるまを作ったり、雪合戦をして楽しんでいる。笑い声があちこちから響き、冬の冷たい空気の中にも温かい雰囲気が漂っていた。


 藩士たちも、藩邸の近くにある以蔵先生の武道場で訓練を続けていた。


 雪が積もる中でも剣を交え、互いに技を磨き合う姿は、まさに藩を支える力強い存在そのものだ。藩士たちは冬の寒さに負けず、必死に稽古に励んでいる。


「冬だからといって、油断はできませんからな。春を迎えた時、しっかりと力を発揮できるよう、今のうちに鍛えておかなければなりません」


 以蔵先生が厳しい顔で弟子たちに声をかける。彼の言葉に、藩士たちはさらに気を引き締め、稽古に励んだ。


 朝の見回りが終わり、俺は屋敷に戻って、蘭姫様が共に庭を歩いていく。


 城の庭は雪化粧をまとい、白く輝いていた。庭の木々は雪をかぶり、庭石も白く覆われている。その中を二人は、手を取り合いながらゆっくりと歩いていた。


「鷹之丞様、この雪景色、とても美しいですね」


 蘭姫様の口調は、昔の妾というものから、俺を殿であり、夫と認めるように優しい声で語りかける。俺は微笑みながら彼女の手を握り返した。


「はい、蘭姫様。こうして静かに雪が降る中、あなたと共に歩けることが私にとって何よりの喜びです」


 二人はしばらく無言で雪景色を眺めていた。冬の寒さが身に染みるが、二人の心には温かなぬくもりが広がっていた。


「この美波藩を、これからもずっと守り続けていきたいですね、鷹之丞様」


 蘭姫様の言葉に、鷹之丞は頷きながら応えた。


「ええ、蘭姫様。あなたと共に、美波藩をより良い藩にしていくため、全力を尽くします。あなたがいてくれるからこそ、私は強くあれるのです」


 蘭姫様は微笑み、俺の肩にそっと頭を預けた。


 しばしの休息が終われば、藩士たちとの会合が開かれた。


 井上玄斎や以蔵、新之助、平八、ゲンタが集まり、冬の寒さを凌ぐための策や、藩内の治安維持について話し合っていた。


 問題が起きるから集まるのではなく、常に情報の伝達を欠かさないために、頻繁に会議を行うようにしたことで、意思疎通はできている。


「この冬の間、特に気をつけなければならないのは、雪崩や寒波による被害だ。藩内の各地に見回りを強化し、必要な支援を迅速に行うように」


 俺が厳しい表情で命じると、藩士たちは一斉に頭を下げて応じた。


「はい、鷹之丞様。私たちも全力でサポートいたします」


 新之助とゲンタが力強く答える。最近の新之助は俺の小姓を離れ、立派な武士として扱うようにしている。


 そのため、以蔵先生に代わって妖怪退治を専門に指揮するようになっていた。

 ゲンタは各地を巡る狸忍びの頭として昇格を果たし、二人とも忠誠心が示してくれている。


 その後、集まった男たちはそのまま、藩邸内の一室で酒を酌み交わすことになっている。


 外は冷たい風が吹きすさび、雪がさらに積もっているが、部屋の中は火鉢の温もりが心地よく、酒が進む。


「新之助、お前もだいぶ大人になったもんだな。まさかこんな風に共に酒を飲める日が来るとは思っていなかったぞ」


 鷹之丞が笑いながら言うと、新之助は照れ臭そうに頭をかいた。


「いや、鷹之丞様。私なんてまだまだですよ。でも、こうして皆と一緒に飲むのは本当に楽しいです」

「そうだな、新之助。だが、俺たちもいつまでも若くはいられない。これからはお前たちが美波藩を支えていくんだ」


 以蔵先生が真剣な表情で新之助に言葉をかける。その言葉に、新之助は真剣に頷いた。


「はい、以蔵先生。俺もこれからもっと精進して、美波藩を支えていきます」

「それは心強いな。しかし、お前たちはまだ若いんだから、少しは楽しんでもいいんだぞ。そうだ、平八。お前はどうなんだ?」


 以蔵が平八に話を振ると、彼は少し照れたように笑った。


「いやあ、先生、俺なんてまだまだですよ。でも、実はまたお鶴に告白しようと思ってるんです」


 その言葉に、部屋の中は笑い声で包まれた。


「またか、平八! 今度で何度目だ? 四度目の正直ってやつか?」


 ゲンタがからかうように言うと、平八は照れ笑いしながら答えた。


「そうだぞ、ゲンタ。四度目の正直ってやつだ。今度こそ、お鶴の心を掴んでみせるぞ!」

「そりゃ楽しみだな。俺たちも応援してやるよ、平八」


 井上玄斎様も笑いながら酒を飲む。藩士たちとのこの温かな時間が、彼にとって何よりも心地よいひとときだった。


「それじゃあ、みんなで平八の恋が成就するように乾杯しようじゃないか!」


 新之助が声を上げ、皆が杯を掲げる。


「乾杯!」


 部屋の中には、笑顔と笑い声が絶えなかった。


 外の寒さとは対照的に、彼らの心は温かな絆で結ばれていた。これからも続くであろう、激しい日々に向けて、彼らは互いに力を分かち合い、絆を深めていくのであった。

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