第67話
《side 桜木鷹之丞》
江戸の街がようやく平穏を取り戻し、俺たち町奉行所の者たちも一息つくことができた。しかし、九鬼影衛門を取り逃したことが心に引っかかっていた。奴を逃したまま、江戸の平和を守ったと誇ることなどできない。
それでも、町奉行所として、俺ができることは全てやり切ったと思う。
江戸の平和を守り抜いた。それだけは確かなことだ。
そんなある日、将軍様からお召しがかかった。
俺と遠山銀次殿が将軍様の御前に呼ばれることになったのだ。
将軍様の御座所に入ると、重々しい空気が漂っていた。
奥には家老筆頭として副将軍の水戸様も控えておられる。将軍様の威光が場を支配し、俺たちは深々と頭を下げてその前に立った。
「桜木、遠山。此度の騒動、見事に鎮めてくれたこと、感謝する」
「「はっ!」」
「貴殿らが、九鬼影衛門を調べ上げ、江戸の街を守り切れたこと心から礼をいう」
将軍様の厳かな声が響く。俺は緊張しながらも、何とか言葉を返した。
「恐れ多くも、江戸の平和を守るのは我ら町奉行所の務め。全て将軍様の御威光と、家臣たちの尽力の賜物にございます」
遠山銀次殿も続いて深く頭を下げた。
「我らができる限りのことを尽くしたまででございます」
将軍様は微笑みを浮かべ、ゆっくりと頷かれた。
「うむ、貴殿らのような優秀な侍が幕府にいてくれたこと心から感謝する。そして、此度の働きに対する褒美を授けようと思うが、何を望むか?」
将軍様の言葉に、俺は一瞬考え込んだ。これまで命を懸けて江戸を守ってきた。その対価として望むものがあるとすれば、それは個人的な願いになる。
ふと、俺の心に浮かんだのは、美波藩と蘭姫様のことだった。
これまでずっと、蘭姫様を守り、美波藩を良い方向へ導いてきた。そして、俺の心には蘭姫様への強い思いがあった。
将軍様の前で願うべきは、蘭姫様との結婚、そして美波藩の領主として藩を治めること。それこそが俺の切なる願いだった。
だが、そんなことを願っても良いのか頭を悩ませて、遠山殿へ視線を向ける。
「恐れ多くも、拙者はすでに町奉行として、地位も名誉もいただいております。何よりも此度の一件を主導で捜査を行い、解決のしきを取ったのは桜木殿です。此度の褒美は桜木殿に授けてくださることを願います」
「遠山殿!?」
俺は将軍様の前で失態にも当たる声を出してしまうが、徳田様である将軍様は笑ってくださった。
「うむ。確かにそうであるな。だが、遠山よ。そちが裏で桜木を補佐していたことはお庭番衆が確認しておる」
「はは。全ては幕府のためでございます」
「うむ。此度、貴殿の働きは大きい。町奉行所の地位を貴殿に任せ続けたいため、此度は報酬と屋敷を与える」
「ありがたき幸せ!」
先に遠山様の褒美が決まり、視線が俺に向けられる。
「して、桜木よ。貴殿は遠山も申した通り、此度の一等功労者である。此度の一件に対して、将軍として俺ができることはあるか?」
俺は考え抜いた末にハッキリと告げた。
「恐れながら一つお願いがございます」
俺は深く頭を下げ、静かに言葉を続けた。
「うむ。申してみよ」
「私、桜木鷹之丞は、生まれ育った美波藩の蘭姫様と恋仲にあります。もしも、叶うのであれば美波藩主が娘、蘭姫様との婚儀を賜りたく存じます!」
「ほう、好いた女との結婚を将軍に望むか?」
「申し訳ございません! それ以外に褒美が思いつかなかったのです」
俺は畳に頭をぶつける勢いで下げた。
「良い良い。百鬼夜行のような恐ろしい脅威から江戸の街を救った英雄が、女のために生きている。それもまた面白いことよ。うむ。貴殿の申し出、この将軍の名において認めよう。ついでに、美波藩の領主として、藩を治めさせられるようにしてやろう。現在の藩主はどうなのだ?」
「断罪されてもおかしくはないかと」
将軍様の言葉に副将軍の水戸様が、現在の美波藩主に対して、断罪を口にする。
「奴は、現在江戸におります。本来であれば子息をこちらに送ることで、藩を守るのが藩主の務め。ですが、奴は妻以外との間に作った息子を子息として、共に江戸に止まり、正妻が産んだ娘を藩主代理に据えております」
俺は知らなかったが、どうやらこの時から水戸様は、美波藩に目をつけておられたのだ。
「なんと! そうか、あいわかった」
将軍様は、水戸様の言葉に驚いたように一瞬目を見開いたが、すぐに穏やかな表情に戻られた。
「桜木よ。美波藩の領主として、これからますます貴殿の活躍を期待しておるぞ」
副将軍の水戸様が一歩前に出て、俺の言葉をじっと見つめておられた。その視線には、俺の真意を見抜こうとする鋭さがあったが、俺は目を逸らさずにその視線を受け止めた。
「将軍様、水戸様。蘭姫様は私にとってかけがえのない方です。彼女を一生お守りしたく、そして美波藩を共に支えていきたいと思っております」
水戸様はしばらく沈黙した後、やがて微笑みを浮かべられた。
「桜木よ、お主の誠意は確かに伝わった。将軍様、私もこれに賛同いたします」
将軍様は再び頷かれた。
「良いだろう。蘭姫との婚儀、そして美波藩の領主としての務め、共に許そう」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸には温かな喜びが広がった。蘭姫様との結婚が許され、美波藩の領主として新たな務めを果たせることが決まったのだ。
「有り難き幸せ。心より感謝申し上げます」
俺は深く頭を下げ、感謝の意を示した。
将軍様の御威光と水戸様の後押しによって、俺の願いは叶った。これからは蘭姫様と共に、美波藩を守り、さらに良い藩へと導いていくことが俺の新たな使命となる。
「蘭姫には、私から話を伝えておこう。良い返事を楽しみにしておる」
将軍様の言葉に、俺は再び深く頭を下げた。江戸の平和を守り抜いたことに続いて、蘭姫様との未来が開けたことに、俺は心からの感謝と喜びを感じていた。
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