第65話
港に駆けつけたとき、俺はその巨大な黒船を見上げていた。
江戸の街に砲台を向ける黒船に対して警戒を向けて近寄ったが、現れたのはバテレンの司教だった。
「あなたがミスター・サクラギですね。ショーグンから話は聞いています。私はオースティンです」
オースティン司祭は、将軍様の友人であり、異国からの訪問者であるバテレンの司教様だった。
この船を江戸のために用意してくれたと聞いたとき、俺は驚きと同時に感謝の念を抱いた。
黒船の甲板上には、異国の衣装に身を包んだバテレンの司教様が立っていた。
他の者たちも妖怪に対処するために、将軍様が用意してくれたのだ。
オースティン司教の目は鋭く、それでいて温かさを感じさせる光を宿している。彼の存在が、この異国の力を江戸に提供するという異例の事態を意味していた。
「ミスター・サクラギ、お待ちしておりました。ショーグン様より、我々の力を貸すよう命じられております。あなたが戦いの指揮を執るのであれば、私たちも全力で支援いたします」
オースティン司教の声は低く、穏やかだが、その言葉には揺るぎない信念が込められていた。俺は深く頭を下げ、感謝の意を示した。
「オースティン司教様、あなたの協力には感謝いたします。今こそ、この力を借りて、江戸を守らねばなりません」
俺は短く状況を説明し、巨大な妖怪を討ち果たすように頼んだ。
♢
そして、今、夜叉丸がもたらす脅威に対して、オースティン司教様たちが込めた。
対悪霊を討伐するクリスチャンたちの力が込められた、黒船の砲撃が夜叉丸に向けられる。
「妖怪相手に我々の技術がどこまで通じるかは分かりませんが、全力で支援いたしましょう」
オースティン司教は祈りの言葉をつぶやきながら、手に持った十字架を掲げた。
その姿に、不思議な安堵感を覚えた。異国の技術と信仰が、今まさに江戸のために力を振るおうとしているのだ。
「砲撃準備完了しました!」
黒船の甲板上から報告が届き、俺は夜叉丸に砲撃がぶつかるのを見た。
「やったか?!」
巨大な一つ目鬼となった夜叉丸に砲撃が命中する。
さらに、二発、三発と砲撃が追加されて直撃していく。
黒船の大砲が一斉に轟音を響かせた。
砲弾は夜叉丸の体を直撃し、その巨大な体が大きく揺れ動いた。夜叉丸の怒号が江戸の街に響き渡るが、俺はその一瞬の隙を逃さなかった。
「弥一さん、手伝ってくれるか?」
「拙者にできることであれば」
作中で最強の男が手伝ってくれる。
これほど、心強いことはない。
俺は再び無極流剣術を駆使し、夜叉丸に向かって突進した。妖力が弱まった隙をついて、刀に霊力を込め、全力で斬りかかる。
「弥一さん! 俺の体を!」
「承知!」
巨大な風車が風を起こして、俺の体を吹き飛ばす。
風車弥一の忍術は風を使う。
浮き上がった俺は、全身に霊力を刀に集めて、無極流の奥義を放つ。
「無極流・破魔の剣!」
俺の剣が夜叉丸の胸を深く切り裂き、その体から妖気が一気に噴出した。
夜叉丸は苦悶の表情を浮かべながらも、まだ完全には倒れていない。しかし、俺はすでに勝機を見出していた。
「今こそ、決着をつける!」
夜叉丸が最後の力を振り絞り、俺に襲いかかろうとする瞬間、再び黒船の砲撃が放たれた。その砲弾が夜叉丸の頭部を直撃し、巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。
「終わりだ…弥一!」
「忍を英雄にしようとは、どこまでも変わったお方だ」
俺はその光景を見つめながら、剣をゆっくりと鞘に収めた。夜叉丸の体が倒れるさきに弥一さんがいて、夜叉丸の全身を風の中へ飲み込んで切り刻んでいく。
やがて、夜叉丸の巨体な完全に消え去った。
「弥一殿! 見事な戦いぶりでした」
「拙者に決着をつけさせるとは変わった御仁ですな」
「俺は英雄ではないからね。あなたこそが俺にとっての英雄だ」
「あなたは面白い人だ」
俺は深く息を吐き、疲れを感じながらも、江戸が守られたことに安堵した。
「弥一殿や将軍様、みんなのおかげで、江戸の危機を乗り越えることができた」
「いえ、拙者はあなたの指示に従ったまで」
俺は倒れている九鬼影衛門の元へと向かった。
「九鬼影衛門、まだ意識はあるか?」
「うううう」
夜叉丸によって腹に大きな傷を負った九鬼影衛門。
事切れていないことが不思議なほどの傷を負っていた。
「ここまでの悪事を成し遂げたお前を捕まえる」
「ふふん、貴様らなんぞに捕まるかよ」
「何?!」
九鬼の悪あがきに思えたが、次の瞬間、どこからともなくぬらりひょんが現れた。
「九鬼は死ぬ。だが、その最後は我々はもらう約束をしていてな。またどこかで会おうぞ。桜木鷹之丞」
そう言ってぬらりひょんは、九鬼の体を持って姿を消した。
「くそッ!?」
ここまでの主犯格を捕まえられなかったことに俺は悔しさで叫び声を上げた。
だが、今宵の百鬼夜行はこちらの勝利で終えることができた。
♢
《sideぬらりひょん》
闇が深まる江戸の片隅、友を連れ静かに佇んでいた。
俺の視線の先には、地に伏している九鬼影衛門の姿があった。
「九鬼、貴様もここまでか…」
自分でも驚くほど、哀しげに呟いてしまう。
九鬼は仲間として共に江戸を支配する夢を語り合った。
その最期を、目の当たりにしていた。
九鬼の体は斬り裂かれ、もう動くことはない。
だが、その目にはまだ、決して屈しない闘志が宿っている。
「ぬらりひょん…俺の…夢は…」
九鬼は苦しげな息の中で、かすれた声を絞り出す。
「無駄なことは言うな、九鬼。お前は十分に戦った。だが、この世は無情だ。人間も妖怪も、いずれは終わりを迎える」
そっと九鬼の顔に手を伸ばし、その瞳を閉じた。
「お前の夢は、俺が引き継ぐかどうか…それはわからん。ただ、お前が俺と共にあったこと、忘れはせん」
静かに九鬼の息が途絶えると、一瞬だけ目を伏せた。
「さようならだ、九鬼…」
そう呟くと、九鬼の体を見下ろしながら静かにその場を去った。
俺の背には多くの妖怪たちが共に夜の闇に消えていく。
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