第54話

《side 桜木鷹之丞》


 銀次殿の正体が、南町奉行所の名奉行と呼ばれた方だったとはな。


 天野の沙汰を銀次殿に任せることができたわけだ。


 だが、九鬼影衛門を逃がしてしまったことで、俺たちは再び奴を追うための新たな手がかりを見つける必要がある。


「九鬼の居場所を突き止めるためには、まずは確かな情報が必要だ。しかし、このままでは情報が不足している」


 九鬼は浅草を犠牲にして、全ての証拠を消し去った。

 俺たちの動きは、どこからか漏れていたことも気になる。


「新之助、ゲンタ。お前たちに頼みたい。九鬼は今回のことで更に奥へと沈んだことだろう。奴を引き摺り出すためには、こちらも深く深く江戸の闇に入り込まなければならない。ここからは地獄だ。それでも付き合ってくれるか?」


 新之助が頷き、ゲンタも同意の意を示す。


「鷹之丞様、江戸の裏社会に通じている者に協力を求めるのはどうでしょうか?」

「おいらは妖怪のツテを使います」

「新之助、ゲンタ。我々は正義ではない。浅草の街は阿鼻叫喚の地獄になった。我々がもっと覚悟を決めて、九鬼を追い詰めていればこんなことにはならなかったのに」


 俺は後悔している。

 

 九鬼を取り逃したことで、どれだけの者が涙を流し、命を散らしたのか……。


 俺が行ったことは中途半端だったのだ。


「ここからは美波藩、悪代官桜木鷹之丞として、動くつもりだ。銀次殿には決して理解されない道だろう」

「「はっ!!」」

「新之助、ゲンタ、まずは火付けの頭目から情報を得る手段を探ってくれ。火事場には何か隠されているかもしれない。彼らが協力してくれるなら、九鬼の手掛かりを掴めるかもしれない」


 二人はすぐに動き出し、江戸中を探し回ることになった。


 ♢


《side 新之助》


 私は身震いをする思いがした。


 鷹之丞様は、野心家だ。


 ずっと、それを押し隠して良き代官を演じながらも、手段を選ばない方である。

 それが江戸に来て、丸くなられたと思っていた。


 だが、そんなことはない。


 鷹之丞様は、やはり牙を隠していただけなのだ。


「ゲンタ、まずは火付けの頭目に接触するための情報を集める必要がある。江戸の裏社会に通じている者たちに話を聞く」

「新之助様。おいらは、妖怪たちが九鬼を見ていないか調べてみるよ」

「ああ、そうだった。確かに我々では見てはいない情報を知っているかもしれん。危険を伴うが頼む」

「へへ、鷹之丞様のカッコいい姿を見たら、いくしかないっしょ!」

「お前もわかるか?」

「それはもう! あの方は、スゲー方だから」


 私はゲンタと別れ、火消しの頭目に会いに行った。


「火消しの頭目か…あの人なら、浅草の方でよく見かけるぜ」

「ありがとう、助かった」


 未だに復興が進む浅草の街で、火消しの頭目を探す。

 途中で聞き込みを続け、ついに彼の居場所を突き止めることができた。


「すみません。町奉行所の桜木鷹之丞様より、事情をお伺いするように仰せつかってまいりました」

「ほう、何の用だ?」

「実は、九鬼影衛門という男の行方を追っているのです。彼について火消しの現場から何か見つかっていないでしょうか? どんな些細な情報でも構わないのです。協力していただけないでしょうか?」


 火消しの頭目は一瞬考え込み、その後に頷いた。


「九鬼影衛門か…。その名は聞いたことがある。だが、詳しいことは知らん。しかし、徳田徳ノ真殿なら、そのような情報を持っておられるかもしれん」

「徳田徳ノ真殿?」

「そうだ。旗本の八男なんだが、彼は何かと情報通でな。裏社会にも通じている。だが、彼に会うのは容易ではない。俺が伝を持たせてやろう」

「ありがとうございます。徳田徳ノ真にどうしてもお話が聞きたいです!」


 火消しの頭目に礼を述べ、他にも情報が得られないか再び江戸の町を巡り情報を集め始めた。


 ♢


《side 桜木鷹之丞》


 新之助とゲンタが戻ってきて、火消しの頭目から得た情報を報告してくれた。


「鷹之丞様、火付けの頭目からの情報で、徳田徳ノ真という男が九鬼影衛門について詳しいかもしれないと聞きました」

「徳田徳ノ真? その名前はどこかで聞いたことがあるな? 思い出せん。その者が手掛かりを持っているならば、接触を試みる価値があるな」

「しかし、彼に会うのは容易ではないとのことです。火消しの頭目が繋いでくれると言われました」

「そうか。ならば待つ他あるまいな。まずはこちらで集められるだけの情報を集めよ。その上で、徳田徳ノ真に会う」


 新之助の報告に、俺は徳田殿とはどの様な人物なのか思い出そうとするが、思い出せない。


「おいらからもよろしいでしょうか?」

「ゲンタか、妖怪たちはどうであった?」

「それが、おかしいんです。江戸の街には妖怪が少なくて、やっとみつけた妖怪に声をかけると…そいつは怯えた様子で、逃げる支度をしていました」

「逃げるしたく?」

「はい! なんでもヤバい者たちがやってくるとか? 百鬼夜行がどうのと、それ以上は話を聞くことができませんでした」

「百鬼夜行だと!?」


 俺はゲンタの報告に、背筋が冷たくなる思いがした。


 これは俺一人で抱え切れる限界を超えている。



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