第53話

《side 桜木鷹之丞》


 九鬼影衛門を捕らえたと思った矢先、その身代わりが泥人形であることが判明し、俺たちは浅草の隠れ家へ急行した。


 だが、隠れ家があるはずの浅草の一帯が火の海に包まれているのを目の当たりにした。


「なんということだ…!」


 新之助が驚愕の声を上げる。俺も言葉を失った。


「火消しだ! 火消しを呼べ!」


 江戸の火消し組が急いで駆けつけ、消火作業に取り掛かる。

 だが、火の勢いは激しく、手がつけられない状態だ。


 九鬼影衛門はこの火事を利用して逃げようとしているのか? もしそうなら、俺たちの動きは完全に読まれていたことになる。


「鷹之丞様、どうしますか?」


 新之助が焦りながら尋ねる。


「まずは火事を鎮めることが最優先だ。九鬼を追うのはその後だ」


 江戸の火消し組の頭領たちが指揮を執り、消火活動が進められる。

 その中には有名な火消しの棟梁、四十八組の頭領・辰巳屋たつみやがいた。


「辰巳屋の旦那、今回の火事の原因は九鬼影衛門という男が関与しているかもしれません」

「ほう、そうか。ならば、この火事を早急に鎮めるために全力を尽くすぞ!」


 辰巳屋の指揮の下、火消し組は一丸となって消火活動を行った。

 火消しの技術と力強さは見事で、火の勢いが徐々に収まっていくのがわかる。


 江戸の街では、迎火や建物を壊して火を消す方法が取られている。


 俺たちも火消しの手伝いをしながら、隠れ家の周囲を捜索する。


「新之助、ゲンタ、火事の中で九鬼の手掛かりを見つけるんだ」

「了解です、鷹之丞様」


 新之助とゲンタは、火事の中で懸命に捜索を続ける。

 俺も火の中を進み、九鬼の痕跡を探し続けた。


 数時間後、火事がようやく鎮火した。


 辰巳屋が火消しの頭領たちと共に、消火作業の完了を報告する。


「これで一段落だ。だが、九鬼影衛門の行方は掴めたか?」

「残念ながら、九鬼の姿は見当たりません。しかし、隠れ家からいくつかの証拠を発見しました」


 新之助が手にした証拠品を差し出す。それは賭博場の不正に関与する証拠だったが、しかし九鬼影衛門を掴める証拠にならない。


 むしろ、全ての罪は天野であると裏付ける書類だった。


「これで天野の悪事を暴くための証拠が揃いました」

「どうやらトカゲの尻尾切りをしたようだ」

「町奉行所の若様よ。俺たちは引き上げるぜ」

「ありがとうございます!」

「いいってことよ。ああ、そうだ。徳ノ真様に会ったら、言っといてくれ。ほどほどにしてくだせぇってな」


 辰巳屋の旦那が残した言葉が気になるが、火消しが去った浅草の街は火事によって崩壊していた。


「江戸の再興を優先する。お前たちも全力で手伝ってくれ」

「はっ!」


 新之助や辰巳屋の協力を得て、火付の後始末を任せることになって、俺は奉行所へ戻った。


 江戸の町を守るためには、九鬼を逃がすわけにはいかない。

 今回の大捕物は、まだ終わっていない。


「ゲンタ、次の手を打つぞ。九鬼影衛門を捕らえるまで、我々の戦いは続く」

「はい、鷹之丞様!」


 江戸の火消し組との連携を強化し、俺たちは次の一手を練り始めた。


 九鬼影衛門がどこに潜んでいるのか、どのようにして彼を追い詰めるか。それを考える



 大火事がようやく鎮火した頃、天野権三郎が町奉行所で沙汰を受けるために牢獄に入れられていた。


 彼の関与を示す証拠は九鬼の家から出てきたため、言い逃れはできない。

 だが、天野家は嫡男の解放を求めて、直訴してきた。


 そこで、天野が九鬼の居場所を吐けば、刑を軽くするように司法取引を持ちかけることになった。


「天野権三郎、お前の関与する賭博場の不正行為と九鬼影衛門との繋がりについて説明せよ」


 俺は冷静な口調で尋問を始めた。


 天野は最初は横柄な態度を崩さなかったが、次第に追い詰められた表情を見せ始めた。


「何も知らない! 俺はただの旗本の息子だ。そんなことに関与するわけがない!」

「証拠は揃っている。賭博場での不正行為、そして九鬼影衛門の家からお前との密会を示す密書も見つかっている。お前の名前がはっきりと記されている」


 天野の顔色が変わる。俺はさらに厳しく問い詰めた。


「九鬼影衛門はどこにいるのだ? お前が知っている限りの情報を全て話せ」

「しっ、知らない! 本当に九鬼がどこにいるのか知らないんだ!? 信じてくれ! 俺ではない!」

「具体的な場所や、彼の動きについてもっと詳しく話せ」


 残念ながら、司法取引をするほどの情報を天野は持ち合わせてはいなかった。


「九鬼は江戸の裏社会に根を張っている。奴の隠れ家は浅草だけじゃない。江戸全土にあるんだ…」


 鞭で打ち、棒で叩いて、やっと白状したのはそれだけだった。


「浅草の『夜桜亭』という茶屋に、九鬼の手下が集まることが多いと聞いた」


 天野から得られた情報を元に、次の行動を計画し始めた。


 天野権三郎の尋問が終わり、彼は沙汰を待つだけの身分となる。


「遠山銀衛門様のおな〜り〜」


 俺は脇で沙汰を下す美波町奉行所の奉行を見るため、隠れていると、遠山銀次さんが現れた。


「おう、天野権三郎。お前の罪は全て明るみに出たんだ。最後は自分で白状しな」

「俺は何もやってません。信じてくださいお奉行様! 全ては町奉行所の桜木鷹之丞が仕組んだことなのです。それに俺が賭博場にいた時、遊び人風の男もいました」

「ほう、遊び人風の男とな?」

「はい。服をはだけて、肩には桜模様の刺青をしていました」

「くく、そいつがなんだって言うんだい?」

「きっと、そいつが賭博場を仕切る九鬼ってやつで、俺に責任をなすりつけようとしているんです!?」


 天野のとんでもない発言に、手下たちも「そうだ、そうだ!」と騒ぎ始める。


「黙れ!?」


 そんな者たちに銀次殿が喝を入れた。


「黙って聞いていれば、好き勝手言いやがって、肩に桜模様の刺青が元締めの犯人? なら、目を開いてよーくみやがれ!?」


 そう言って銀次殿は着物をハダケさせて、肩を見せつけた。


 そこには桜模様の刺青が刻まれていた。


「おうおう、この桜模様に見覚えがあんだろ?」

「なっ!?」

「お前らが元締めだと疑ったのはオイラのことだ。そして、お前らを捕まえるために綿密に町奉行所が、何日もかけて調査した結果お前たちは捕まったんだよ。観念しやがれ!!」


 銀次殿の一括に、流石の天野も黙って頭を下げた。


 俺は、それ以上見る必要もないと思って、その場を離れた。

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