第51話

《side 桜木鷹之丞》


 久しぶりに会うアゲハの存在に安堵しながらも、俺は目的を果たすために心を奮い立たせた。


「アゲハ、お前に頼みがある」


 こちらが真剣な瞳で見つめたからだろうか? アゲハは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに微笑みを浮かべた。


「鷹様、どんなことでもお任せください。ただ、まずはゆっくりお話を聞かせてもらえますか?」


 俺は江戸の町奉行所でつとめ、手柄を立てるために、賭博場を取り締まりたいことをアゲハに告げた。


 同郷であることに気が緩んでいたのは事実だが、彼女は蘭姫様がいなければ、俺にとっては推しにしたいほどに切ない未来を抱えた女性なのだ。


 つい、彼女に頼ってしまう。


 彼女は優雅な振る舞いを見せながら、俺の話を聞いてくれた。


「実は、吉原に出入りしている旗本の息子、天野権三郎という男がいる。彼が賭博場の不正に関与している可能性が高い。お前に彼の動きを探ってほしい」

「天野権三郎どすか…どんな男かは知らへんけど、鷹様のためならやり遂げてみせましょう」

「頼む。だが、無理はしないでくれ。お前が危険に晒されるのは望んでいない」

「ふふ、鷹様のためなら、どんな危険も乗り越えられます。それに、ウチの美しさを利用しない手はないんやろ?」


 アゲハは微笑みながらも、その目には強い決意が宿っていた。

 彼女ならば、この難しい任務を遂行してくれると信じている。


「ああ、アゲハほど美しい女性を俺は一人しか知らない。だから、お前を信じている。だが、危険を感じたらすぐに引き返すんだ」

「はい、鷹様。ウチは絶対に無事で戻ってきます。信じてお待ちください」


 アゲハに任務を託し、俺は彼女が無事に任務を遂行できることを祈った。



《side アゲハ》


 夜の吉原は灯篭の明かりに照らされ、美しい花が咲き乱れるような華やかさを持っていた。その中で、ウチは鷹様のために天野権三郎に近づく計画を立てた。


 まずは、天野権三郎が訪れると噂される茶屋に出向き、情報を収集する。

 華やかな装いをして、魅力を最大限に引き出しながら、彼の気を引くつもりや。


「アゲハ、気をつけておくれよ。天野権三郎は評判の悪い男だ。あの男に近づくのは危険だと聞いている」


 茶屋の仲居が心配そうに声をかけてきた。


「ありがとうございます。ですが、女は度胸や」


 その夜、茶屋に天野権三郎が現れた。

 彼は豪華な衣装を纏い、その姿からは傲慢さがにじみ出ていた。


「おお、お前が新しく入った花魁のアゲハか。お前の噂を聞いて、今宵の相手をしてもらいにきたぞ」


 天野はウチを見て、不敵な笑みを浮かべた。

 ウチは彼の前に静かに座り、笑顔を浮かべて応じた。


「へえ、お楽しみいただけるよう精一杯努めます」


 その瞬間、天野の目がウチに向けられ、その視線には危険な光が宿っていた。


「ほう、お前はなかなかの美人だな。気に入ったぞ! 贔屓にしてやろう」


 天野はウチの手を取って強引に引き寄せる。

 その力に一瞬怯んだが、ウチは冷静さを保ち、微笑みを浮かべたまま対応する。


「えらい強引どすなぁ」

「俺はまどろっこしいことは嫌いなんだ。欲しい物はなんでも手に入れる。俺は選ばれた存在だからな」

「ふふふ、なんや男前やのに、余裕のない人やねぇ」


 ウチはスルリと天野の腕から抜け出して、距離をとって酒を注ぐ。


「俺に余裕がないだろ?!」

「そうや、弱い女にそないに強引にせんでも、すぐに捕まえられるやろに、何をそんなに焦っているんですか?」

「くくく、お前、面白い女だな。もっと楽しませてもらおうか」


 ウチは彼の問いかけに対して、冷静に答えた。

 お酒を注ぐツマミに話をする。


「最近、江戸の街で起きている噂話などはいかがどすか?」


 天野の興味を引きながら、ウチは彼の行動や言葉に注意を払い続けた。

 その瞬間、ウチは天野に賭けを持ちかけることを思いついた。


「天野様、もしよろしければ、今宵の宴をもっと盛り上げるために一つ賭けをしてみませんか?」


 天野の目が輝いた。


「ほう、賭けだと? 面白い。どんな賭けを提案する?」

「今宵の宴で、ウチが勝ったら、天野様の秘密を一つ教えていただけませんか?」


 鷹様のために、この身を賭けましょう。

 天野は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。


「なるほど、面白い。では、俺が勝ったらどうする?」

「その時は…ウチを今晩お好きにしてください」

「くくく、本当に面白い女だ。いいだろう。何で賭ける?」


 その条件に満足そうに頷いた。

 ウチは冷静に天野を見つめ、賭けの内容を決めるために思案を巡らせた。


「なら、サイコロを使ってなんていうのは、どうどすか?」


 賭博場の話を鷹様から聞いてたから、興味を引くためにあえて提案した。


「サイコロか、面白い。勝負しよう」


 天野は笑いながら、サイコロを用意させた。

 壺を振るのは交互に一回ずつで、その出目を当てることになった。


 天野の振る壺の音を聞きながら、ウチは集中して耳を澄ませた。


「さあ、出るぞ。半か丁か、どちらに賭ける?」


 天野の問いかけに、ウチは冷静に答えた。


「丁どす」


 にやりと笑い、壺を開けた。

 出目は…丁だった。


「ほう、当てるとはな。なかなかやるじゃないか」


 天野は感心したように笑い、今度はウチの番どす。


「えい!」


 私が壺を振ってサイコロを入れる。


「丁半どっちや!」

「半!」


 天野の声にツボをひらけば、出目は半だった。


「くっ! 引き分けかいな」

「まだだ、面白いな。決着をつけるぞ。俺が壺を振る。お前が当てろ」

「へぇ、お願いします」


 天野は自分の勝ちを確信して、壺を振った。


「どっちだ?」

「今度は半や!」


 ウチの答えに壺が開かれて、出目は……半だ。


「くっ! ハァ、お前の勝ちだ。何が知りたい?」

「そうどすな。天野様の最近、面白いことはなんやろ。ウチは江戸にきて間もないので、賭博場なんかも知らへん。天野様ならよう知ってはるんやないやろか?」


 天野は一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに笑みを浮かべた。


「なるほど、賭博場の話か。確かに最近、不正が横行していると聞いたが、俺は直接関与していない。しかし、九鬼影衛門という男が背後で糸を引いているらしいな。まぁ、お前も遊びに行くなら俺の名前を出せばいい」

「ありがとうございます、天野様」


 天野はウチの冷静さに感心しつつも、再び賭けを持ちかけてきた。


「もう一度勝負しよう。今度は俺が勝ったら、お前は俺のものだ」

「ええ、ですよ。代わりに天野様が負けたら、本日の料金は倍払ってくださいね」

「くくく、いいだろう」


 ウチはその場を後にし、無事に情報を持ち帰ることができた。


 鷹様のために、危険を冒してでも任務を遂行する覚悟があった。


「振ります!」


 ウチが降った壺にサイコロを入れて、畳に置いた。


「どっち?」

「半だ!」


 出目は…丁どした。


「くっ!」


 ウチは一礼して、外に出ると、夜風が心地よく肌を撫でた。


「鷹様、これで少しでもお役に立てたでしょうか…」


 ウチは心の中でそうつぶやきながら、吉原の喧騒の中に戻って行った。

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