第50話

《side 桜木鷹之丞》


 俺は遊び人の風貌をした遠山様と、一緒に酒を飲み交わす。


 今回の潜入を協力してくれたお礼は何がいいかと聞けば、酒を奢って欲しいと言われたからだ。


「なぁ、鷹さん」

「はい? どうしました銀次殿」

「あんたは、どこか生き急いでいるように感じるんだ。どうしてそんなにも手柄を欲する?」

「……銀次殿には、死んでも助けたいと思った人はいますか?」

「えっ?」


 俺は少々酒を飲み過ぎたかもしれない。


 これまで自分の推しに対して、全力で過ごしてきた。

 だけど、彼女の生きる環境を整え、生活を築き、仲間を作った。


 それは彼女を守り、育てるためだった。


 推しを育てるのがファンだ。


 だけど、もしも推しから求められることがあるなら、それは全力で応えたい。


「俺は命を何度失っても、守りたいと思う女性がいます。彼女の求めに答えるためならば、どんなことでもするつもりです」

「はっ、若いねぇ〜。だが、嫌いじゃねぇよ。今回の一件、おいらも前々から目をつけていた案件だ。鷹さんにおいらの方で、集めていた情報も渡すぜ」


 銀次殿には本当に世話になるな。



 江戸の町奉行所での生活が始まり、日々の業務に追われながらも、賭博場の不正行為に関する情報を集めていった。


 ゲンタが集めてくれた九鬼影衛門についての情報の中に、天野権三郎が関与しているという情報が入っていた。


 旗本の重鎮である天野家は、かなりの厄介な相手だ。

 この大捕物を成功させるためには慎重な計画が必要になる。


「新之助、ゲンタ、両方を同時に捉えることはできない。それに手を組まれると面倒だ」


 裏の重鎮である九鬼影衛門。

 旗本の重鎮である、天野家。


「鷹之丞様。既にいくつかの目撃情報が入っています。これを基に、さらに深掘りして調査を進めます」


 新之助は冷静に答え、ゲンタも同様に気を引き締めていた。


「まずは彼らの活動拠点を特定し、関係者を洗い出すことが重要だ。その上で、どのタイミングでどのように動くかを決める」


 九鬼と天野の関係者を一人ずつ探り出していった。



《side ゲンタ》


 おいらは小狸の姿を隠し、人間の姿で情報を集める役割を果たしていた。

 鷹之丞様に認められるために、全力を尽くす。


「まずは九鬼影衛門の動きを探るんだ。あの男は江戸の裏社会で暗躍しているに違いない」


 おいらは酒場や賭博場で耳を立て、九鬼に関する情報を収集する。


 江戸の裏社会は複雑で、信頼できる情報を得るのは容易ではないが、一歩一歩進めるしかない。


「おい、最近九鬼影衛門を見かけたか?」

「九鬼? あの男か…確か浅草のあたりで見かけたな」

「浅草か…」


 おいらは浅草の周辺を重点的に調査し、九鬼の隠れ家や活動拠点を探り出すために動いた。



《side 新之助》


 九鬼についてはゲンタに任せることにして、私は天野権三郎に関する情報を集める役割を担っていた。


 天野は旗本の息子でありながら、裏社会での活動も盛んだという。


「天野権三郎はどこで活動しているんだ?」


 天野家の嫡男の調査を開始すれば、すぐに奴の行方を掴むことができた。

 それほどまでに派手に遊び回っている人物であり、天野権三郎の名前を出せばすぐに突き止められた。


「天野様か…あの方は最近、吉原で見かけたという噂がある」

「吉原か…」


 私は吉原の周辺を調査し、天野の動きを追跡する。

 彼の行動パターンを把握することが、捕らえるための鍵となるだろう。



《side 桜木鷹之丞》


 新之助からもたらされた吉原という言葉に、俺は顔を顰めてしまうが、どうにも天野のことを掴むためには必要なことだ。


「わかった。新之助はゲンタと共に九鬼影衛門の調査をしてくれ。天野は俺の方でやろう」

「了解しました。それでは九鬼の調査に参ります」


 新之助とゲンタに九鬼を任せ、俺は遊び人の銀次殿に助力していただいて、吉原のお座敷を紹介してもらう。


「お客さん、初めてどすな〜」


 お座敷のお上に、からかわれながら部屋に通された俺を出迎えたのは、吉原の美しい花魁……。


「どうしてここにいるんだ? アゲハ」

「ふふ、鷹様。お久しゅうございます。いややわ、ウチ以外の女子を鷹様につけるなんて」

「ハァ〜、アゲハがいてくれて助かる」

「へっ?」

「実は俺も緊張していたんだ」


 久しぶりに会う美波藩の同郷に会えて、気持ちが緩んでしまう。


 だが、何よりも美波藩よりも遥に規模の大きな吉原の大遊郭の中で、知り合いに会えたことがどうしようもないほどに嬉しく思えた。


「ふふ、いややわ。鷹様がこんなところに来るってことが目的があるってことやろ?」

「さすがだな。アゲハ、お前に探って欲しいことがある」

「ぶっきらぼうやね。それに花には水をあげんとちゃうか?」


 そう言ってそっぽを向いたアゲハに、俺は確かに急いでいたことを思い知らされる。


 何よりも、久しぶりに会うアゲハに頼み事だけをするなど、確かに最低なことだ。


「そうだな。ならば、今宵は相手を頼めるか?」

「へぇ、ゆっくりと過ごしていってくださいませ」

「ああ、酒も頼む。たまにはゆっくりしよう」


 花魁に貢ぐことは、ステータスであり、彼女たちを輝かせることで、多くの恩恵を授けてくれる。


 俺は昔馴染みと飲む酒を楽しんだ。

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