第46話

《side 蘭姫様》


 空はどこまでも続いておる。

 それは鷹がおる空も、この空も同じということじゃ。


「蘭姫様、どうかされましたか?」

「ミタよ。空は広いのう。どこまでも青く澄み切っておる」

「はい! そうですね」


 小狸のミタは、妾の膝の上に乗って花冠を乗せて嬉しそうに笑っておる。

 聞けば、まだ生まれて三つだという。


 幼い小狸は幾度と妾のことを救うてくれた。大事な家臣である。

 それもこれも全ては鷹が作ってくれた平和なのじゃ。


 鷹が美波藩の代官を辞して、江戸に旅立ってしばらく経った。

 

 この想いは積もるばかりじゃ。


「蘭姫様、お茶にしましょう」

「ありがとう。お玉」


 妾はお鶴、お玉、サエ、ミタ、梅婆と共に談話室でお茶を楽しむことにした。


 鷹が美波藩を去ってからは、度々女子だけで集まって話をしておる。


「蘭姫様、来客にございます」


 そんな妾の元に女中が声をかけてきた、アゲハという名の女性が訪ねてきたという知らせじゃった。


「蘭姫様、アゲハさん大層お綺麗なお方がいらっしゃいました」

「綺麗な女? 聞いたことがある名前じゃな。まぁ良い通してやれ」


 わざわざ妾を訪ねる者などそう多くはない。


 爺こと、井上玄斎が政を取り仕切るようになって、美波藩は安定しておる。

 妾は爺の手に余る案件を採決することで良いと言われておるのじゃ。


「蘭姫様におかれましては。お初にお目にかかります。アゲハにございます」


 やってきた女はそれはそれは美しい女じゃった。

 もしかしたら妾よりも美しいかも知れぬ。


「うむ。美波藩領主が娘、蘭である。今日は何ようじゃ?」

「はい。実は私は桜木鷹之丞様に贔屓にしていただいておりました」


 彼女は鷹と関わりがある人物じゃった。

 

 聞けば、美波藩内だけでなく、日の本の国で美波藩の花魁として有名な女性であるそうだ。


「うっ、うむ。鷹の贔屓にしておる花魁が何用じゃ?」


 妾は笑顔で彼女を迎え入れたが、その言葉にはどこか牽制の意が含まれていた。


「恐れ多いことでございますが、そうどす。桜木様にはお世話になりました」


 妾は額に青筋が浮かぶほど、血管が浮き出ておると思う。


に、どのようなお世話をしてくれたのかのう?」


 妾の問いかけに、アゲハは微笑みを浮かべながら答えた。


「はい。それはそれは私が花魁になるためにお世話をしていただきました。そこで、桜木様が江戸に行かれはったので、ウチもそちらで働こうと思うております。蘭姫様には美波藩を立つ前にご挨拶をと思うて参りました」

「ふむ、どうして妾に挨拶に来たのかはわからぬが、何を求めるのじゃ?」


 妾は堂々とした態度でアゲハに向き合い、彼女の意図を探ろうとした。


「ウチも江戸で桜木様のお世話をさせていただきたいと思うております。どうか、お許しをいただけまへんやろか?」


 この者は何を言っているんだ? 妾が美波藩から離れられないのに、この者は江戸へ行って鷹の側で支えても良いかと問いかけてくる」


 悔しいことに、アゲハの言葉には真剣な思いが込められていた。

 彼女もまた、鷹を好いているのが明らかであったのじゃ。


「鷹のお世話をのう。ふむ、妾は鷹の妻になりたいと思っておる。そんな妾に許しを乞うとは豪胆なことよ。しかしじゃ、鷹が江戸で孤独に感じることは妾も望まぬ」


 妾はしばらく考えた後、アゲハの目を見つめた。


「其方の決意と誠意を信じることにする。妾の鷹をよろしく頼む」

「ありがとうございます、蘭姫様。ウチも桜木様のために尽力いたします」


 アゲハは深々と頭を下げ、感謝の意を示した。

 胸の中ではモヤモヤしておるが、妾が認めたくなるような美しい女に、鷹の隣にいるに相応しいと思ってしまう。


「ただし、覚えておくのじゃ。鷹は妾の夫になる者ぞ。そなたがどれほど尽くしても、妾の立場を脅かすことはできぬと思え!」

「心得ております。蘭姫様の信頼を裏切ることはいたしまへん」


 お鶴、お玉、サエもそのやり取りを見守っていた。

 そして、アゲハが退出した後、妾たちは再びお茶を楽しみながら、女性だけで話に花を咲かせた。


「蘭姫様、さすがでございます。堂々とした態度でした」

「うむ、妾は鷹の正妻として、これからも強くあらねばならぬ」


 お玉に褒められ、サエはやれやれとため息を吐く。

 お鶴が微笑みながら茶を注いでくれた。

 ミタはよくわかっていない様子で、妾の顔を見ておった。


「それにしても、アゲハさんも立派な方でしたね」

「そうじゃな。鷹には良き仲間が多くて嬉しい限りじゃ」


 彼女たちの絆が一層深まり、美波藩の女性たちは互いに支え合いながら、鷹の帰りを待ち続けることを誓ったのじゃ。


 丑の刻になったら、鷹に念を送ることにしよう。


 浮気をすれば夢夢、枕の上に立って許さぬと脅しておかねばならぬだろうな。


「人間の女は怖いのぅ〜」

「なんだか冷気が立ち込めているのです!」


 サエとミタが何か言うておるが、妾は夜のことを考えて笑みが漏れてしまう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る