第43話
《side 桜木鷹之丞》
蘭姫様より背中を押され、俺は美波藩を離れる決意をした。
江戸に行って出世を目指し、幕府の要職へと赴くのだ。
すでに俺の後ろ盾となってくれることが決まった御老公には、手紙をしたため、弥一に渡した。
出発までの準備期間を利用して、共に歩んできた仲間たちに美波藩を託すための話し合いの場を作った。
これまで共に歩んできた同心たち、彼らは美波藩で生き、一般的な約束として今後も美波藩の裏方を務めてくれる。
そして、井上玄斎様には、代官の監視をお願いすることになるだろう。
代官は、御老公の推薦いただいた者が着任してくれることが決まっているが、その者が悪さをすれば、井上殿が諌めてくれる手筈になっている。
新之助と共に町の見回りに出かける準備をする。
「鷹之丞様、用意ができました」
「ああ、新之助。いつもすまぬな」
新之助は俺の小姓として共に幕府へ向かうことが決まっている。
見回り中、ふと立ち止まり、彼に話しかけた。
「新之助、お前とは長い付き合いだな」
「はい、鷹之丞様。いつも側で学ばせていただきました」
新之助は元服を迎え、無極流剣術の免許皆伝を以蔵師匠から言い渡された。
今後も俺の右腕として頼りにしていくつもりだ。
新しい道を共に歩むことを義兄弟であると思っている。
「お前の成長を見守ることができて、俺は幸せだ。これからも共に頑張ろう」
「ありがとうございます! 鷹之丞様の期待に応えてみせます」
新之助の目には、決意と共に感謝の色が宿っていた。
街の見回りをしていると、平八が足軽を束ねる長谷にたどり着く。
「これは鷹之丞様! 出立前の忙しい時期に見回りですか?」
「ああ、平八。俺がいない間、美波藩の守護を頼むぞ」
「任せてください! 鷹之丞様が、俺に与えてくださった仕事です。必ずや美波藩を守り抜いてみせます」
平八は訓練中の兵士たちに声をかけ、指示を出していた。
彼は力強く、忠実な与力であり、美波藩の安定に大いに寄与してくれている。
「平八、一手、久しぶりに撃ち合うか」
「ええ、お相手致しましょう」
俺は木刀を構え、平八は槍型の木棒を持った。
互いに対峙して、強くなったことを実感する。
呼吸を合わせて一手の踏み込みを果たす。
砂塵が舞い、平八が倒れた。
「お見事! 腕を更に上げましたな」
「お前も強くなった。昔の力士崩れはいないようだ」
「これは手痛い。くくく、ご出席おめでとうございます!」
「ああ、ありがとう。これからも強い兵士たちを育ててくれ」
「はっ!!」
平八と固く握手を交わし、その手には信頼と決意が感じられた。
♢
次に訪れたのは、以蔵先生の剣術道場だった。
足軽たちは、以蔵先生の元で様々な武器を習い。
陰陽術を応用した身体強化を学ぶ。
「うむ。よくきたのう」
「以蔵先生、お別れを伝えに参りました」
「心配するでない、鷹之丞殿。お主がいない間も、皆を鍛え続けておく」
以蔵先生は無極流剣術の達人であり、俺の師匠でもある。
彼の教えが現在の美波藩足軽部隊の礎になってくれている。
「お世話になりました。先生の教えは一生忘れません」
「まだ終わりではない。剣の道は生涯続くのです。鍛錬を怠らぬように」
「はい!!」
俺は先生に別れて道場を後にした。
♢
次に向かったのは、お鶴とお玉のいる陰陽術の修練場だった。
お玉の成長が著しく、最近ではお鶴と共に結界を張るようになり、我が桜木家ではなく、正式に屋敷と修練場を提供した。
「お鶴、お玉と共に蘭姫様の守護を頼むぞ」
「かしこまりました、鷹之丞様。あなた様が救ってくださった我が親子の命を持って、美波藩と蘭姫様をお守りすることを誓います」
年齢を重ねても美しくあるお鶴だが、浮いた話は今のところない。
ただ、昔から平八が恋慕を持っていることは皆が知るところであり、いつか結ばれるのではないかと足軽たちが噂をしていた。
お鶴は陰陽術の達人であり、お玉はその弟子として成長している。
彼女たちの力が蘭姫様を守ってくれることに安心感を覚える。
「お玉、陰陽術の修行は順調か?」
「はい、鷹之丞様。母上に負けぬように励んでおります」
お玉も十歳になって、母親であるお鶴に負けぬほどに和風美人として成長を遂げつつある。陰陽術の才能は母親以上のようで、目には真剣な決意が宿っており、彼女が蘭姫様を守る友人としていてくれることが心強い。
♢
《side 狐介》
鷹之丞様が見回り終えた夜に酒場でお待ちしておりました。
美波藩の町は静かで、月明かりが淡く照らしていた。
「狐介、俺は江戸に行くことになった」
「そうですか、桜木様。ついに幕府の要職に就かれるのですね」
桜木様の活躍はお上にも届くほどになったということだ。
私は寂しくはあるが、誇らしくもあった。
桜木様と過ごす時間は楽しくもあり、数々の困難を乗り越えてきました。
「美波藩のこと、頼むぞ」
「もちろんです。桜木様が安心して任務を全うできるよう、こちらのことはお任せください」
鷹之丞様と固く握手を交わし、酒を飲み干した。
「江戸に行く機会があれば、またお会いしましょう」
「ああ、その時はまた一緒に飲もう」
私は江戸での商売を念頭に置くことを考え始めていた。
♢
《side アゲハ》
夜がふけ、お客さんが騒いで酒を飲み、寝屋に入る前。
あの方は遊郭を訪れはった。
「アゲハ、俺は江戸に行くことになった」
「そうどすか、桜木様。ほんまにお忙しいお方どすなぁ」
ウチは微笑みながらも、悪巧みがばれないように余計なことは申しません。
「アゲハ、美波藩はこれからどんどん賑やかになるだろう。お前の活躍の場も増えると思う」
「おおきに、桜木様。寂しくなりますなぁ。ただ、面白くもありますなぁ〜」
「面白い?」
「ふふ、まぁお酒でも飲みましょう。今日は飲みたい気分や。鷹之丞様の出世祝いに」
二人で静かに酒を酌み交わし、夜が更けるまで語り合った。
♢
《side 桜木鷹之丞》
旅立ちの前の晩、俺は蘭姫様の元を訪れた。
「蘭姫様、明日、私は出立いたします」
「うむ、鷹よ。気をつけて行って参るのだ。妾も精一杯努力するぞ。お主も立派な男になって戻ってくるのじゃ」
蘭姫様は強い決意を持ちながらも、どこか寂しそうな表情を浮かべていた。
「約束します。必ず蘭姫様に相応しい男になって戻って参ります」
「ばっ、バカなことを……じゃが、待っておるぞ。妾はお主を信じておる」
蘭姫様の手を握り、俺は彼女の瞳を見つめて、互いに約束を交わす。
「必ず、蘭姫様とのお約束を果たします」
「二年じゃ。それ以上は待てぬぞ」
「はっ?!」
その間に、手柄を立てて出世をして、蘭姫様を迎えにあがります。
俺が知っている小説の開始まで五年。
それまでに蘭姫様をお守りする体制を整えてみせる。
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