第42話
《side 桜木鷹之丞》
出世をするために、俺は美波藩をさらに盛り上げて、発展させるために尽力した。
それから二年間が経った。
座敷童のサエさんがもたらしてくれた幸運と、皆の頑張りが、様々な事業を軌道に乗せてくれた。
海から取れる海産物を使った干物と、豊富な農作物。
それに加え、蘭方医を招いて医療技術を学ばせた看護師という役所を作り、人材派遣を行うことで、美波藩は更なる成長を遂げた。
看護師たちは医者の助手として活躍し、衛生管理や簡単な応急処置ができることで、多くの人々に受け入れられた。
これらは美波藩の安定した財源になってくれている。
俺も二十歳になり、蘭姫様も十歳を迎えた。
成長した蘭姫様は、ますます美しさと賢さを備え、藩の皆から愛される存在となっていた。
「鷹、今日も忙しそうじゃな」
「蘭姫様、本日はご機嫌麗しゅう。相変わらず美しいお姿をされていまな」
「むっむむむ、お主は会う度に私を褒めてからに!? ふん、私が美しいのは当たり前じゃ!」
「そうでしたな。本日も学習塾ですかな?」
「そうじゃ、お玉と共に行ってくるぞ」
「はっ、お気をつけて」
蘭姫様は微笑みながら、俺の隣にやってきた。
「鷹よ。お主がいるからこそ、美波藩はここまで発展したのじゃ。妾も誇らしいぞ」
「ありがとうございます、蘭姫様」
「行ってくるぞ!」
それだけを告げると立ち去っていく蘭姫様に、胸の辺り暖かくなる。
小説で見ていた蘭姫様よりも、美しく育つ蘭姫様は美波藩で話題の中心になっている。
そんな穏やかな日常の中、御老公からの密書が届いた。
「桜木殿、御老公からの手紙をお持ちしました」
弥一から手紙を受け取ると、そこには重要な内容が記されていた。
「何と…」
手紙には、桜木鷹之丞が代官として出世するための一手が打たれることが記されていた。具体的には、幕府の要職への推薦が含まれていたのだ。
「鷹之丞様? どうかされましたか?」
後に控えていた新之助が心配そうに俺を見る。
「俺が幕府の要職に推薦されることが決まった」
「なんと! 出世ではありませんか?!」
新之助の目が輝いた。
「それは素晴らしい! 鷹之丞様の努力が認められたのですね」
「ありがとうございます。しかし、それには美波藩を離れることが含まれている」
「それでも、鷹之丞様が出世することで出来ることが増えるのではないですか?」
真剣な表情で新之助が告げる言葉の意味も理解できる。
だが、蘭姫様の元を離れるのか? 俺はしばし考えるために、密書の内容を保留にして仕事に取り掛かった。
♢
その日の晩に、俺は蘭姫様と二人で夜空を見上げて、縁側に並んで座っていた。
「鷹よ。お主はどうしたいのだ?」
俺は密書の内容を全て話すことはできないため、ある幕府の偉い方が、俺を取り立ててくれるという話を蘭姫様に伝えて悩んでいることを伝えた。
「俺は、正直に申し上げて、蘭姫様の元を離れたくはないと思っております」
「ツツツ……!!!」
蘭姫様は、息を呑んで立ち上がる。
「バカにするでないぞ!!!」
それは驚くような怒声であった。
「蘭姫様?」
「確かに鷹が今の美波藩を救ってくれたことは認めよう。幼き妾は父上、母上から愛されてはおらなんだ。世話役の藤も酷い者であった。そんな寂しい妾の心を救い。お玉やサエ、ミタのような友人を与えてくれた」
そのような想いを蘭姫様がお持ちだとは思いもしなかった。
「何よりも、お主が美波藩の発展をしてくれたからこそ、美波藩の民たちは幸せな顔で笑っておる。そんなお主が育てた妾を! そして、美波藩の民たちをバカにするではない! お主が出世をするならば喜んで受け入れよう。男ならば、出世して、妾を娶るぐらい言うてはどうじゃ!!」
俺は何度彼女の成長に驚かされるのだろうか? 初めてお会いした際にはとてもあいらしい幼子であった。
成長した蘭姫様は、何かを手伝いたいと求む少女であった。
だが、十歳になられた蘭姫様は、立派な女性になられたのだ。
「申し訳ありません。桜木鷹之丞。蘭姫様を侮っておりました。美波藩は良き主君を持っております。ならば、代官の一人がいなくなったところで、問題はありませぬ。この桜木鷹之丞、恥じるばかりにございます」
「分ければ良いのじゃ」
蘭姫様の啖呵に目が覚めた。
「必ずや蘭姫様の期待に応えてみせます」
「うむ。鷹よ。大きく出世して、良き男になるのじゃ! 妾は十二歳で、婚約者を決めねばならぬ。二年で妾に相応しい男になって戻って参れ」
「はは!」
俺はバカな男だ。
出世をすると蘭姫様に誓ったにも関わらず、美しく成長した蘭姫様の側を離れたくないと情けない言葉を、蘭姫様自身に言ってしまった。
愛想を尽かされても仕方ない俺に喝を入れてくださったのだ。
♢
《side 風車弥一》
夜、桜木鷹之丞の出発前に、再び御老公との密談が行われた。
茶室に入ると、いつものように灯籠の光が柔らかく揺れていた。
「風車弥一、桜木鷹之丞の件、よくやってくれた」
「ありがとうございます。彼の出世が美波藩のためになることを信じています」
「ふむ。しかし、これで終わりではない。桜木鷹之丞には更なる試練が待ち受けておる」
「その試練とは…?」
老人は微笑みながら茶を飲んだ。
「幕府内の権力争いに巻き込まれることもあるだろう。彼がその中でどう立ち回るか、それが重要じゃ」
「承知しました。桜木様が困難を乗り越えられるよう、全力で支援いたします」
「うむ、それが弥一の役目である。桜木鷹之丞を適切に導き、幕府のために尽力させるのじゃ」
拙者は二年で作り上げた忍びたちを、桜木鷹之丞の元で使うことを決意した。
御老公に拙者自身は逆らうことはできない。
だが、彼らの主君は桜木鷹之丞なのだ。
「はっ! 全ては幕府のために。これからも全力で支援いたします」
「頼んだぞ、弥一」
桜木鷹之丞は出世の道を歩み始めた。
拙者もまた次なる任務に向かうとしよう。
今後の、桜木鷹之丞の動向は、彼女に任せることになるであろうな。
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