第41話
《side 風車弥一》
夜の闇が静かに城を包み込む中、拙者は御老公に会うため、指定された茶室へと足を運んでいた。
定期連絡であり、また今後の美波藩の未来を、そして桜木鷹之丞という人物の運命を左右する重要な会合でもある。
拙者は、誰か一人に肩入れすることは今までなかった。
しかし、一年という歳月を美波藩で過ごすことで、桜木鷹之丞という男を一目置くようになっていた。
だが、それはあくまで監視対象であり、拙者の主君はお一人だけだ。
茶室に入ると、灯籠の柔らかな光が和らいだ雰囲気を醸し出していた。
拙者の主君が、灯篭の明かりに照らされて、ゆっくりとお茶を飲まれておられる。
「お待たせいたしました」
「うむ。遅かったのぅ、風車弥一。何かあったのか?」
「いえ、ただ、考え事をしていただけです」
「ふむ、まあ良い。座れ」
拙者は指示に従い、御老公の前に座った。
この方こそ、現幕府の副将軍を務められ、天下人のお一人だ。
その瞳には鋭い光が宿っており、その奥には計り知れない智謀が見え隠れしていた。
「此度は、桜木鷹之丞のことだな?」
「はっ! 彼の美波藩の代官は発展に尽力し、幕府への貢献を目指しています。しかし、それが本当に美波藩のためになるのか、少し疑問に思っておりまして…」
「そうか。桜木鷹之丞は確かに有能な人物だ。しかし、彼の力をどう利用するかが問題じゃな」
御老公はゆっくりと茶を飲みながら、拙者は言葉を待つ。
「幕府と他の藩との軋轢が増している昨今。そんな中で、桜木鷹之丞を緩衝材として使うことができるやもしれぬ。彼の者を美波藩から引き離し、他の藩に派遣することで、緊張を和らげることは可能かのう?」
「それは、彼を利用するということですか?」
「かーっかっかっかっ、そうとも言える。だが、桜木鷹之丞自身もそれを望んでいるのではないか?」
拙者は黙って御老公の言葉に対して思案する。
この方は、どれほどの未来を見ておられるのか計り知れない。
拙者などの考えなど遠く及ばないだろう。
桜木鷹之丞については、内心驚きながらも、桜木のために最善の選択を見つけなければならない。
「桜木鷹之丞は、蘭姫様との未来を築くために出世を望んでおります。しかし、それが他の藩に派遣されることであれば、彼の望む未来とは違うかもしれませんが?」
拙者の言葉に、御老公の瞳が鋭い光を放ったように見える。
「ふむ、確かにそうかもしれんな。しかし、彼が出世するためには、それも一つの道じゃ。幕府への貢献が評価されれば、いずれ美波藩に戻ってくることもできよう」
「……桜木鷹之丞は美波藩を守ることに強い意志を持っています。その意志を利用して他の藩に派遣することが、果たして彼にとって本当に良いことなのでしょうか?」
「弥一よ」
名前を呼ばれ、自分が一人の人間に肩入れしている自覚を持った。
何をしているのか、こんなことを言うのは自分の仕事ではない。
御老公はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「申し訳ございません。出過ぎたことを申しました」
「弥一よ。我々が考えるべきは、個人の幸福だけではない。幕府の安定と、太平の世築くことじゃ。反乱の芽をいつまでも抱えるこの日の本の国を平和に導き、守ることが最も重要なのじゃ」
「はっ! 承知いたしました」
何をしているのか、自分の行動に恥じるばかりだ。
「そうじゃ、それが君の役目じゃ。桜木鷹之丞を適切に導き、美波藩と幕府のために尽力させるのじゃ」
御老公は微笑みを浮かべながら、再び茶を飲んだ。
拙者はその笑みの裏にある野心を感じながらも、桜木鷹之丞の未来に不安をいだしてしまう。
「はっ! 失礼致します」
「うむ、頼んだぞ、弥一」
茶室を後にした拙者は、桜木鷹之丞との密談の内容を胸に、美波藩の未来を見据えて動き出すことを決意した。
それは、幕府を通して、日の本の国を守るための拙者の仕事。
ただ、美波藩へ戻りながら、無性にムシャクシャした気持ちを抱えることになり、拙者は、悪さをしているいう鴉天狗の根城に向かってひと暴れする。
「なっ、なんじゃ貴様は! どんな恨みがあってワシらを滅ぼそうとする」
「なんの恨みもない。ただ、憂さ晴らしに過ぎんよ」
「なっ!?」
脳天に風車が突き刺さした鴉天狗が絶命して、拙者は一つの根城を壊滅させた。
「すまぬな。桜木鷹之丞殿。どうやら貴殿の願いと、拙者の仕事は重なることはないようだ。せめて、美波藩の憂いは少しでも晴らしておこう」
他にも美波藩の脅威になりそうな、妖怪たちの根城を潰しながら、拙者は美波藩へと戻った。
しばらく、強力な妖怪は美波藩に近づくことはできないだろう。
だが、強い妖怪がいなく慣れば、弱い妖怪が集まってくる。
これも死以前の摂理であり、日の本の国が抱える悩みの一つである。
「桜木殿は、このような妖怪にも対処するために足軽部隊を早々に作り上げたいと言うのに」
沸きらぬ思いを、それでも主君の意向に沿うため、拙者は気持ちを落ち着けるまで妖怪を狩り続けた。
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