出世編
第39話
《side 桜木鷹之丞》
俺は夢か、幻を見ていたのかもしれない。
ずっと敵だと認識していた相手が、突然目の前に現れて緊張で喉が渇く。
夜空には満天の星が輝き、盆踊りの明かりがそれに映えて美しかった。
蘭姫様と美波藩の人々が一つになって踊り続ける光景を見つめながら、俺は高名な老人と隣り合わせで座っている。
「ただ、この平和を守りたいだけです」
「そうですかな。かーっかっかっかっ」
高名な老人からの問いかけに対して、俺が緊張しながら答えると、高らかな老人の笑い声が響いた。
隣に座った老人は、一見ただの商人のように見えるが、その眼差しには鋭い光が宿っている。
「祭りの光景というものは、良いものですな」
「はい、民が幸せであることが、何よりの喜びです」
本心では、蘭姫様の幸せを作り出しために、民の笑顔が含まれていると思っているだけだ。
「しかし、今回の事件は見事でありました。ただ、次に同じことが起きないとは限りません。備えを怠らぬようにしなくてはいけませんな」
これは苦言を呈されているのだろうか? お前の守備が甘いからこのようなことになったんだぞと……。
「承知しております。今回の一件で、多くのことを学びました」
「ふむ。桜木殿は、随分と謙虚なご様子。此度の一件を幕府に知らせれば、それなりの恩賞や出世に繋がるかもしれませんぞ」
高名な老人は微笑みながら、周囲を見渡す。
これは俺を試しているのか? 幕府が動かなかったことに対して抗議をして、どんな良いことがあるのか、むしろ教えて欲しいぐらいだ。
「ありがとうございます」
「ふむ、興味はなしか。良い心掛けじゃ。お主の決意を信じておるよ」
高名な老人はゆっくりと立ち上がり、ふと踊りの輪を見つめる。
「それでは、わしもこれで失礼する。これからも美波藩を守り続けてくだされ」
「はい、必ずや」
その時、老人は立ち止まり、振り返って問いかけた。
「桜木殿は、出世には本当に興味はありませんかな?」
「出世…ですか?」
「そうじゃ。お主のような者がこのままでは惜しいと思ってのぅ。仕える君主を変えることで、さらに多くの人々を守ることもできるのではないか?」
それは美波藩を裏切って自分の元に付けということだろうか? 実際、ここは小説の中で、高名な老人こそが主人公だ。
その取り巻きたちは英雄として語られる人物になるだろう。
弥一も、忍者でありながらも活躍の場が用意されていて、今後は最強の忍びと呼ばれる時代が来る。
高名な老人の元で出世をすれば、確かに多くの人々を守ることができる。
しかし、蘭姫様のお側でお守りすることが難しくなる。
彼女の将来を考えれば、側にいて守ってあげたい。
「私は、この美波藩を守ることを喜びと感じております。出世のことは考えたこともありませんでした」
「ふむ。あの幼き姫様のことを考えるのであれば、今のお主の地位では藩主の娘と結ばれることはない」
突然、高名な老人から発せられた言葉に、俺は意外な言葉を聞いたと驚いた顔をしてしまう」
「かーっかっかっかっ、どうやらわしはお主を見間違っておったようじゃ」
「えっ?」
「まだまだ青い。その青さでは幕府におる魑魅魍魎から、美波藩を守れるとは思えぬな」
「それは!」
「もっと上の位にならねば大名家の姫との結婚はおろか、美波藩は飲み込まれるぞ。男ならば叶わぬ思いを叶えてみせよ」
俺を取り込もうとしてられるのか? 弥一さんからどのような報告を聞いたのかわからないが、俺はこの老人との付き合い方を考えなければいけないようだ。
「…考えてみます……」
「うむ。わしはお主の力を信じておる。お主ならば、多くの人々を守り、平和を築くことができるじゃろう」
老人の言葉に、俺は深く考えさせられた。
出世することで蘭姫様や美波藩との未来が開けるかもしれない。
しかし、それは美波藩を離れることを意味する。
「ありがとうございます」
老人は微笑みながら頷き、夜の闇に消えていった。
♢
《side 蘭姫様》
「鷹、何を話しておったのじゃ?」
踊りの輪から戻ってきた蘭姫様が、俺の隣に腰を下ろした。
「少し大切な話をしておりました。おかげで多くのことが分かりました
「ふむ、また難しい顔をしておるのぅ〜」
「そうですか?」
「そうじゃ、お主はなんでも一人で抱え込みすぎる。もっと妾も含め、仲間を信じよ」
「仲間?」
「そうじゃ、見よ! この祭りを」
蘭姫様に促されて、俺が視線を上げれば、盆踊りを楽しむ美波藩の民たちの顔が映る。
「お主が代官になる前の美波藩は酷いものであった」
「蘭姫様!」
「よい、妾とて、藤から離れ、学習塾に通い。歴史と街を見て学んだのじゃ。代官、桜木鷹之丞がどれだけのことを美波藩にしてくれたのか、もう知っておる」
いつの間にか成長していた蘭姫様の言葉に感動してしまう。
「蘭姫様、町の復興が進んで本当に良かったです」
「うむ、皆の力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられると知ったぞ。妾もこれからもっと美波藩のために尽力する」
「ありがとうございます。蘭姫様がいてくれることが、何よりの支えです」
「ならば、桜木鷹之丞よ」
「はい!」
「妾を嫁に貰ってくれるか?」
「えっ?」
まだ八歳の少女から発せられた言葉の意味が理解できなかった。
「これだけのことをしてくれたお主に、惚れぬわけがなかろう。妾は徳川の世を生きる女じゃ。代官と姫では結婚できぬことは知っておる。じゃから、お主に出世してもらって、妾を嫁にもらえるまでになって欲しいのじゃ!」
立て続けに出世を求められる話をされて、困惑するが、俺が出す答えなど決まっている。
「委細承知しました。この桜木鷹之丞、全ては蘭姫様に捧げまする。出世など望んでできるものではございませんが、それが蘭姫様の願いとあらば、叶えてご覧に入れましょうぞ」
「うむ!」
「それと」
「なんじゃ?」
俺は誰にも聞こえないように、そして、和太鼓の音でかき消えないように、蘭姫様の耳元で囁いた。
「あなたをお慕い申しておりました」
「なっ!?」
八歳の少女にいう言葉ではない。
ただの変態ロリコンだ。
だが、俺は未来の成長した蘭姫様に惚れて、彼女を救いたくてここにいる。
そして、彼女からプロポーズされて、言わないわけにはいかないだろう。
「ですから、必ず成し遂げてみせます」
蘭姫様は驚いた顔を見せていたが、嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
「妾も大好きじゃぞ!」
盆踊りの太鼓を聴きながら、そっと誰にも見えないように手を繋いだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
どうも作者のイコです。
さて、続きを始めていきましょうか。今回の話は、少し美波藩から少し地域が広がります。
そして、高名な老人は何を考えているのか? どうぞ、お付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いします。
また、近況ノートでご報告させて頂きましたが、カクヨムネクストにて、新連載を投稿することになりました。
そちらの方でも、応援をいただければ嬉しく思います(๑>◡<๑)
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