第33話
《side風車弥一》
拙者の名は風車弥一。
現在は美波藩に潜伏しているため、見た目はただの農民だが、その実、拙者はかつて最強と謳われた忍びである。
現在は、美波藩を調査するため潜伏している。
忍びとして、高名な方の依頼を遂行しようとしていた。
高名な方から、実質の美波藩を仕切る桜木鷹之丞に接触して調査をするように言われたために農民の装いで足軽部隊に立候補した。
しかし、そこから私の生活はおかしくなったのだ。
なぜか、桜木鷹之丞の側近として第五部隊副隊長を任され。
さらに、今回は桜木鷹之丞が使役した狸たちの指導を命じられた。
意味がわからない。拙者は農民に扮しているはずなのに、重要な仕事や忍びを育てるなど、普通はありえないだろう。
胃が……正直辛い。
しかも妖怪を指導するなど、かつての任務でも経験したことのない状況だ。
しかし、実際に陰陽師や忍びには妖怪を使役している者は少なくない。
そして、桜木鷹之丞が連れてきた小狸たちの変幻能力と妖力を目の当たりにし、拙者の中で眠っていた忍びの血が再び騒ぎ出した。
こやつらを鍛えれば、確かに忍びとして高い能力を発揮してくれることだろう。
しかも、彼らは安住の地を求めているだけだという。
悪さをすることなく、幕府のために働いてくれるというなら鍛えても良いのではないか? 彼らの住処に着くと、既に私を待って整列していた。
十五匹の小狸たちの声を聞いていたが、全員が人間に変化して整然と並んでいる。
彼らも生きるために、その目には真剣な光が宿っていた。
「今日からお前たちに忍びの技を教える。俺の名は弥一。お前たちの師匠となる」
「「「よろしくお願いします!」」」」
彼らは一斉に頭を下げた。
まずは基礎から始めることにした。
忍びの基本は、身体を鍛え、素早く動き、気配を消すことにある。
狸たちの身体能力は高いが、それを忍びの技に応用するには訓練が必要だ。
「まずは体力をつけるための走り込みだ。行くぞ!」
拙者は声をかけ、小狸たちを連れて山道を走り始めた。
途中で現れる妖怪も、拙者にかかれば問題ない。
何よりも変幻能力を継続させながら、人間の姿で体力作りをさせることに意味がある。
彼らは拙者の後を必死に追いかけてくる。
「足をもっと高く上げろ! 腕をしっかり振るんだ! 足音を出すな!」
拙者は彼らの動きを逐一チェックしながら、声をかけ続けた。
小狸たちは息を切らしながらも、拙者の指示に従って走り続ける。
続くのかと心配していたが、一人も脱落することなく彼らは耐えた。
体力訓練に耐えた彼らには、忍び特有の技術を教える。
隠れる技、音を立てずに歩く技、影に溶け込む技。
それらの技術を実演しながら、小狸たちに説明していく。
「この技は、敵に気づかれずに接近するためのものだ。拙者の動きをよく見て、真似してみろ」
拙者は彼らの前で姿を消し、静かに移動する技を見せた。
小狸たちは驚きの表情を浮かべながらも、すぐに真剣な顔つきになり、拙者の動きを真似し始めた。
最初は全くできなかった彼らも、数日続けていくと適応力を発揮して驚く結果をもたらした。
変幻能力を駆使して、忍びとしての能力を高める彼らは優秀な弟子であった。
誰かを指導することなど自分にできるのかと思ったが、心持ち楽しいと感じている自分がいた。
「よし、その調子だ。もっと速く、もっと静かに!」
拙者は、彼らに更なる努力を促した。
小狸たちは集中を切らすことなく、その動きは一段と洗練されていった。
運動と食事、それに住処という褒美が彼らにとって何よりも大事なことが伝わってくる。
訓練が進む中で、拙者は彼らの成長に驚かされた。
確かに全員が変化能力を使うことができるが、一人一人に個性が出始めた。
妖力と組み合わせて技を極める者。
変幻能力で、幻を作り出す者。
その身を変化させる技術を高める者。
本当に彼らを育てていると面白い。
彼らの技は、普通の忍びとは一線を画していた。
拙者は本気で彼らを鍛えることを決意し、毎日の訓練に全力を尽くした。
ある日の訓練の後、ミタが俺に話しかけてきた。
「弥一師匠、どうしてそんなに忍びの技に詳しいんですか?」
拙者は一瞬、答えに詰まった。
「ふむ、かつて、最強の忍びと呼ばれた翁を知っているんだ。彼からどのような訓練をしたのか聞いたことがあってな。私はそれに憧れて訓練を自分でもしたことがあるのだ」
「そうだったんですね! さすがは師匠です!」
ミタはこちらの嘘を一切疑っていない様子で、感心した表情を浮かべた。
「私たちも、弥一師匠のように強くなりたいです!」
「わかった。全力で知り得ることを教えよう」
「はい、覚悟はできています!」
ミタと他の小狸たちは力強く答えた。
訓練はますます厳しさを増し、小狸たちの技術は日々向上していった。
彼らの変幻能力と妖力を駆使した技は、驚異的な進化を遂げていた。
拙者は彼らの成長に誇りを感じると共に、美波藩の防衛力が確実に強化されていることを実感する。
♢
side桜木鷹之丞
蘭姫様に小狸のミタを連れて登城する。
「うおおお!!! なっ、なんじゃその狸は!」
「蘭姫様、この者は私が使役した小狸のミタにございます。これより蘭姫様付きの忍びとしてお仕えさせます故。どうぞ何かあればお申し付けください」
「前に言うておった忍びということか?」
「はい。ミタ以外にも十五匹の小狸を忍びとして雇用することにしました。訓練も終えたため彼らをこれより美波藩専属の忍びとして使おうと思います」
「うっ、うむ。まずはそうじゃな。触っても良いか?」
ふむ、すでに蘭姫様はミタのモフモフボディーのトリコになられたようだ。
「ミタ、良いか?」
「はいなのです!」
ミタは小狸の姿で蘭姫様に近づいていく。
小柄なミタは身長が2尺ぐらいで、そんなミタを優しく撫でる蘭姫様の慈しみに満ちた顔はこちらの方が癒される。
「ミタは可愛いのう!」
「ありがとうございます! 蘭姫様も美しいです!」
「愛いやつよ!」
少女と小狸が戯れる。
我はこれが見たくて狸を使役したのかもしれん。
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