第32話

 座敷童のサエさんと契約を結んでいるため、俺と小狸との間では、仮契約を結ぶことにした。


 狸たちは種族で固まっている妖怪であり、変化の能力を有している。


 また、サエ殿の話では、人が陰陽術を使うのに対して、霊力と呼ばれる己の魂の力を使うのに対して、妖怪は恐れや畏怖、もしくは崇められることで得られる妖力を使って能力を使うそうだ。


「まぁ、お主らの陰陽術も他者を利用することで、己の霊力を使わなくても使えるようにできるのじゃがな。陰陽術師のお鶴が、蛙を使っておるじゃろ。あれが他者の力を利用するということじゃ」

「なるほど、お主も私の力を使えるが、現在も幸福を得るために使っておるような状態じゃな」


 お鶴は、蛙を介してアクティブスキルとして使うが、俺は幸福をあげるためにパッシブスキルとして使うってことか、


 陰陽師としての力の一端を知った気がする。


「まずは信頼を得るために、小狸に結界の強化を手伝って貰えばええ。それから、こやつらは家族で暮らしておる。お主の契約妖怪として住処を提供することで力を貸してくれるじゃろう」


 サエさんの提案を確認するために小狸を見れば頷いた。

 どうやらそれで契約が成立するようだ。


「はい、全力でお手伝いします!」

「それならば、さっそくお鶴のもとへ向かおう」


 俺たちは小狸に指示を出し、一緒にお鶴の元へと向かった。


 お鶴は結界の強化のための準備を進めていた。

 彼女は小狸の姿を見ると、少し驚いた表情を見せたが、すぐにこちらの意図を理解したようだ。


「鷹之丞様、小狸と契約を結んだのですね」

「ああ、彼らに住処を与えることで協力してもらう」

「かしこまりました」

「彼女の力を借りて、結界を強化してくれ。小狸はお鶴の指示に従ってくれ、よろしく頼む」

「あっ、あの!」

「うん?」


 意を決したように、小狸が俺に声をかけてきた。


「なっ、名前をいただけませんか?」

「名前?」

「はい! 契約を結ぶのでしたら、名前を授かりたと思うのです!」

「そういうのも大切なのか?」


 お鶴を見れば頷かれる。


「わかった。狸の名前か……。美しい狸として、ミタなんてどうだ?」

「美しい狸!!! 嬉しいです!」


 何が嬉しいのかわからないが、漢字から考えただけなんだが。


「お鶴、後を頼めるか?」

「わかりました。それでは、ミタさん、こちらへ来てください」


 小狸のミタは一生懸命にお鶴の指示を聞き、結界の強化に妖力を使ってくれる。


 数時間後、結界の強化が完了した。

 お鶴と小狸の協力のおかげで、結界は以前よりも強力なものへと強化されたそうだ。


「これで一安心ですね。」

「ありがとう、お鶴。そしてミタ、お前たちの協力に感謝する」


 私はミタの頭を撫でてやると心地良さそうな顔をする。

 モフモフな狸の毛並みはバシバシ硬そうに見えたが意外に柔らかくて、心地よい。


「あっ、頭を、きっ、気持ち良いのです〜!!!」


 どうやらミタも満足したようで、食事を住処を提供するために、狸の家族を呼び寄せることにした。


 ミタの呼びかけに応じて小狸の家族十五名が、美波藩に加わることになった。


 小狸たちの目は輝き、感謝の気持ちが溢れていた。


「「「ありがとうございます! ありがとうございます!」」」


「お前たちには食事と寝起きする屋敷を与える。だが、使役をした上で我が命令に従って仕事をしてもらうぞ」


「「「はは!!!」」」


 威勢だけは良い狸の管理は、お鶴に一任することになったが、俺は彼らにもう一つの仕事を任せたいと思っている。


 妖怪である狸たちは変化の力と妖力を使える。


 なら、それを利用しない手はない。


「弥一さん」

「はっ!」


 俺は弥一さんを呼び出した。


「なんでしょうか? 鷹之丞様」


 農民とは思えないほどに、軸がしっかりとした様子で、俺の前に膝を折る弥一さん。俺は彼の正体を知っている。


 だから、これは一つの賭けだ。


「実は小狸の妖怪を使役することになった」

「なんと! 妖怪を使役したというのですか?」

「そうだ。彼らに住処と食事を提供する代わりに、こちらの仕事を手伝ってもらうのだ」

「……危険では?」

「わからぬ。だが、もしも上手く使えれば、素晴らしい忍び集団を作れると思わないか?」

「なっ! 何を言われます!」

「まぁ、出来なくても彼らに訓練をさせて、使い物になればよし。ダメでも訓練をしたことが無駄になることはないだろう」


 俺の言葉を聞いて、弥一さんがどう思うのかなど考えてはいない。


 だが、彼以上に忍びの訓練を熟知している者はいないだろう。


「そこで、弥一さんには、狸たちの指導を頼みたいのだ」

「なっ! 何を言われます! 私など何も知らぬ農民でございます」

「それはそうなんだが、弥一さんの働きは他の隊長たちからも素晴らしいと報告を受けている。そこで、貴殿なりで構わないのだ。頼む」


 俺は頭を下げて、弥一に狸たちの指導を頼んだ。


「ごっ、ご命令とあらば」

「ああ、命令だ。弥一よ。狸たちを忍びに育てよ」

「尽力いたします!」


 数日後、小狸たちの住処が整い、彼らは結界の守り手として活動を始めた。


 さらに彼らの変化の能力を生かし、忍び集団としても訓練を受けることになった。


 これにより、美波藩の防衛力と情報収集能力をあげることができるだろう。


 盆踊りの夜が近づく中、妖怪の脅威と結界の守りに対して万全の準備を進めていく。


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