第31話

 美波藩の盆踊りの準備は順調に進んでいたが、最近、町の外れで妖怪の目撃情報が相次いでいる。


 お鶴が結界に綻びを見つけては、修復を続けてくれているが、誰かが意図的に綻びを作って妖怪を招き込んでいると考えられる。


 お盆に近づくにつれて、妖怪たちは力を強めるという話だ。


 盆踊りの夜に何かが起こるのではないかという予感が、不安となって警戒心を強めている。


「鷹よ。鷹」

「はっ! 申し訳ありません」

「随分と怖い顔をしておったぞ」


 蘭姫様の前で考え事をしてしまっていた。


「はは、少し仕事が立て込んでおりまして、色々と悩んでおります」

「ふむ。お主が悩むとは珍しいのぅ。どうじゃ? 妾に相談してみんか?」

「蘭姫様にですか?」


 八歳の少女は、藩主の娘として自覚が芽生え始めたのかもしれない。

 それを無碍にするのは、家臣として良くはないだろう。


「そうですね。今、悩んでいることは二つにございます」

「二つか、うむ。話してみよ」

「はい。一つは盆踊りの成功ですな。死した者を出迎え、安全に送り返す。彼らが生きている者たちを見守ってくれるために最善を尽くしたいと思っております」


 動物の死を知り、成長を遂げた蘭姫様には盆踊りのことをしっかりと意味を伝えている。


「そうじゃな。妾もそれは成し遂げたくあるぞ!」

「はい。皆で力を合わせておりますが、先のことなので不安を抱えております」

「確かに成功までは安心できぬな」

「はい」

「妾も協力できることはなんでもしよう。いつでも声をかけてくれ」

「ありがとうございます。盆踊りの際には、お声かけを頂戴したいと思いますので、どうぞよろしくお願いします」

「任せるが良い!」


 意気揚々と返事をする蘭姫様に癒される。


「もう一つはなんじゃ?」

「実は、結界に綻びが見つかっており、妖怪が美波藩に紛れ込んでいるようです」

「何っ! 民が危険に晒されているではないか!」

「はい。今のところはお鶴と、足軽がどうにか対処できておるのですが、誰かが結界に綻びを作っておるようなのです」

「なんと! 悪者がおるのじゃな!」


 なぜそこで嬉しそうなのですか?


「ふふ、その者たちを突き止めて、鷹が成敗するのじゃな!」


 あっけらかんと告げる蘭姫様の言葉に、こちらの悩みが吹き飛んでいくような気分にさせられる。


「もちろんでございます。蘭姫様に妖怪退治のご報告をしてみせましょう」

「うむ! 楽しみにしておるのじゃ!」

「はは!」


 悩んでいることがバカらしくなるほどに、清々しさを頂いた。

 


 その夜、俺は陰陽師のお鶴を呼んで、彼女の意見を聞くことにした。

 お鶴はこの藩の守り手として、妖怪に対する知識と力を持っている。


「お鶴、このところ町外れで妖怪の目撃情報が増えている。何か知っていることはないか?」


 お鶴は少し考え込んでから答えた。


「はい、鷹之丞様。最近、結界の力が弱まっているのを感じています。お盆の時期には、妖怪たちが力を増しているので攻撃を受けていると考えられます」

「攻撃を受けている?」 

「はい。しかも内側から何者かが」

「内側か、対処はできるか?」

「まずは結界を強化する儀式を行う必要があります。町全体を守るために、特別な護符を用意します」


 お鶴が覚悟を示してくれたなら、こちらもそれに応える。


「わかった。必要な物があればすべて揃えよう。準備を進めてくれ」

「はっ!」


 お鶴に結界の強化をしてもらう間は、俺も町に出て警邏に加わることにした。


 月明かりが薄暗い道を照らし、風に揺れる木々の影が不気味に見える。


 突然、遠くから何かの気配を感じた。


 足軽たちに警戒を強めるよう指示し、気配のする方へと足を向けた。


 すると、薄暗い森の中に一人の女性が倒れているのが見えた。

 近づくと、その女性は弱々しく声を出した。


「助けてください…」

「大丈夫か? 何があった!」


 驚きと共に一瞬ためらったが、その女性の目は切実な訴えを浮かべていた。


「私は妖怪に追われてここまで逃げてきました。彼らは結界を破ろうとしています…」


 女性は涙を浮かべながら訴える。


「鷹之丞様、下がってください!」


 お鶴の声が響いて、俺は剣を抜く。


 すると、女性の姿が小さな狸に変わった。


「狸! 本当は何を企んでいるのですか?」


 お鶴が護符を構えて問いかける。


「お願いです、信じてください。私は本当に助けを求めています。結界を破ろうとしているのは他の者たちです。私は彼らに逆らうことができず、招き入れられて出られないんです」


 土下座の姿勢で、震えながら小狸が早口で告げた言葉に嘘をついているようには見えない。


「お鶴、結界を破ろうとしている者たちがいる。向かえ!」

「しかし!」

「ここは大丈夫だ。俺も陰陽術を少しは使える」

「かしこまりました」


 お鶴を犯人の元へ向かわせて、俺は刀を抜いたまま、小狸から距離をとる。


「嘘偽りないと誓えるか?」


 俺の問いに対して、小狸の目には涙を浮かべ恐怖で何度も頷いている。


「はい、私はただ平和に過ごしたいだけです。仲間の元へ帰りたい。どうか助けてください」


 小狸は必死に訴えた。


「すぐには信じられぬ。サエ殿、おられるか?」


 俺は自らに取り憑いている座敷童に呼びかけた。

 主従の関係を結んでいるので、呼びかけに応じてサエが現れてくれる。


「なんじゃ、主よ」

「妖怪は何を考えるのか、人ではないのでわからぬ。小狸のことを任せても良いか?」

「そういうことか。ならば使役すれば良いのではないか?」

「何?」

「おい、小狸よ。お主たちに住処はあるのか?」

「えっ! ざっ、座敷童様!」

「そうじゃ、我は現在、この人間の家で厄介になっておる。お主らが住処を探しているのであれば、我が交渉してやっても良い?」


 狸の妖怪を使役しろというサエ。


 座敷童のサエがいうことなら、何かしら幸福が訪れるのかもしれない。


 それも悪くないと思えてくる。


「よっ、よろしくお願いします!」


 小狸は安心したように微笑んで即答した。

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