第30話

 美波藩の空は、夏の澄んだ青が広がっていた。


 七月の後半に入り、蒸し暑い陽気の中、町全体が賑わいを見せ始めている。


 もうすぐ盆踊りの夜が訪れる。


 この祭りは美波藩にとって新たな一大行事として、成功させたい。


 祭りの準備を見守るため、町を見回っていた。


「おい、そこの提灯はもう少し高く掛けるんだ。風で揺れても大丈夫なようにしっかりと固定しろ!」


 足軽たちに指示を出しながら、広場を見渡す。

 町の広場にはすでに多くの露店が並び、賑やかな声が響いている。


「鷹之丞様、お疲れ様です」

「ご苦労様。班長、祭りの準備は順調か?」


 祭りを各支部の町民に班長を設けて、管理を任せている。

 話しかけてきたのは火消しの大将である源爺ゲンジイだった。 


「はい、皆さん一丸となって準備を進めています。きっと素晴らしい盆踊りになるでしょう」


 その言葉に俺は頷いた。美波藩は発展を遂げつつある。


 盆踊りは盆に帰ってくる祖先に送るためのものだ。


 お盆の時期に向けて人々は、楽しそうな顔をして美波藩を盛り上げてくれている。

 皆が一丸となって努力している姿を見ると、心が温かくなる。


「鷹之丞様、こちらの提灯の配置はいかがでしょうか?」


 新之助が提灯の配置について尋ねてきた。


「良い感じだ。夜になると、この提灯が美しい光を放ち、祭りの雰囲気を盛り上げてくれるだろう。引き続き、しっかりと作業を進めてくれ」


 お盆の時期は出迎えから見送りまでの期間、町全体に提灯と灯籠で街を飾る。


 その時、ふと広場で指示を飛ばしていると狐介の姿が目に入った。


 彼は町の人々と共に準備を手伝っているが、どこか影のある様子だった。

 最近は何かと忙しく話もできていない。


 だから、狐介の行動を見れていなかった。


「狐介、何をしている?」

「これはこれは鷹之丞様、提灯の修繕を手伝っております」


 狐介は振り向いて答えたが、すぐに視線を逸らしてしまう。


「そうか。引き続き頼むぞ」


 どこかヨソヨソしい雰囲気をした狐介の様子に、深く追求することなくその場を離れた。


「ふむ、新之助」

「はっ!」

「狐介の周囲を調べてくれ。あまり表立ってではなく、足軽の数名に見張らせるだけで良い」

「かしこまりました」

「あっ、そうそう弥一さんに相談して、俺の第五部隊から出してくれ」

「はっ!」


 こういう時に弥一の知識を活かせるのはありがたい。


 俺は後で遊郭に行ってアゲハに狐介の様子を問いかけてみるのもいいかもしれない。


 盆踊りの準備は着々と進んでいる。


 町民は皆忙しく動き回り、祭りのための飾りつけや露店の設営に余念がない。

 彼らの努力を見守りながら、この祭りが無事に成功することを心から祈る。


「お鶴、結界はどうだ?」

「はい。鷹之丞様、実は綻びを見つけました」

「綻び?」

「はい。お盆の時期は妖怪たちも力を強めるので、悪さを考えている妖怪がいるのかもしれません」

「そうか、平八に警戒を促すように行っておこう」

「よろしくお願いします」


 最近は、お玉もお鶴に付いて陰陽術を勉強している。


 蘭姫様と学習塾に通って帰ってきたら、陰陽術の勉強。本当に偉いことだ。


「お玉も、よろしく頼むぞ」

「はい! 鷹之丞様!」


 大人しく言葉数が少ないお玉だが、母親であるお鶴に似て見た目が美しく成長してきている。


 蘭姫様が西洋風の神秘的な妖精なら、お玉は和風のお淑やかな女性に成長を遂げつつある。


 男たちが放っておかなくなるだろう。



 美波藩の盆踊りの準備は順調に進んでいたが、それよりも狐介の動向が気になっていた。


 奴の行動には常に何か裏があるように感じられ、その疑念が拭えなかった。

 狐介が暗躍しているとすれば、早急にその正体を突き止めねばならない。


 夜になって遊郭に足を向けた。

 アゲハに狐介の動向を聞くためだ。


「鷹之丞様、狐介の旦那が怪しい動きをしてはるか、いうことですか?」

「ああ、狐介はこれまでよく働いてくれている。だが、商人として多くを知り過ぎている。あいつが何を考えているのか、わからなくてな」

「そういうことですか……。代官様に逆らうような方やないと思いますが、そうどすなぁ〜最近は町外れの酒場で堺出身の商人、坂本勘太郎サカモトカンタロウと何度も会っていると、他の遊女がいうとりました」

「堺の商人?」


 商人同士が町外れで密会? キナ臭い話に眉がよってしかめつらになってしまう。


「そこに唐物売りの張家永ショウカエイとも接触しているようどすな」

「なるほど。そういうことか」

「へぇ〜何かわかりましたか?」

「ああ、ありがとう、アゲハ」


 俺は聞きたいことが聞けたので立ち上がる。


「今日はゆっくりして行かれへんの?」


 今すぐ調べたいところではあるが、俺がここにきてすぐに飛び出していけば、アゲハの面目が立たぬか。


「そうだな。もう少しだけ相手をしてくれるか?」

「ふふ、構いませんへ。最近はお盆のご準備をなされて随分お疲れやそうどすな」

「そう見えるか?」

「三年前から精力的に動いてはったけど、今年はなんやあるんどすか?」


 聡いアゲハは、俺の行動の意味をよく理解している。


「面白い物を見せてやるつもりだ」

「へぇ、何どすの?」

「それは見てのお楽しみってな」


 少し子供っぽくはあるが、それでもサプライズは言わないのが花というやつだ。



《side狐介》

 

 蒸し暑い町外れの小舟が乱立する海辺の古屋は、夜になればだれもいません。


 私は桜木様にも内緒で古屋の中に設置された酒場へ向かいます。


 酒場の中に入ると、堺の商人である坂本勘兵衛と、唐物の商人をしている張家永が待ってはりました。


「この盆踊りの夜が絶好の機会だ。我々の計画を実行するのに、最も適している」


 人が集まる場所で計画の話をするとは、軽率なお方やな坂本勘兵衛さんわ。


「うむ、祭りの喧騒に紛れて動けば、誰も気付かないだろう」


 張家永さんまでそれに応じるとは……


 私は陰から彼らの会話を盗み聞きしながら、表情を観察しています。

 話を聞いていたが、やっぱり何かあるようですね。


 さて、彼らに混ざるとしましょうか。


「お待たせしました。急いできたから一杯いただきましたよ」

「おう、何でも屋の狐介さん。来ていたのか?」

「へぇ、ちょっとカウンターで飲んでおりました」

「くくく、今回の作戦は君の役目が重要だ。この計画が成功すれば、我々は莫大な利益を得ることができるだろうからな」

「わかっております。計画通りに進めましょう」


 私はその会話を聞いて、彼らが盆踊りの夜に大きな計画を企てていることに賛同する。


 しかし、具体的な内容まではまだ掴めていない。


 どこまで関与すれば全貌が明らかになるのか? そして彼らの真の意図は何なのか? それを突き止める必要がありますね。

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