第28話

《sideアゲハ》


 鷹様を見送ったウチの部屋に、お客さんが入ってきはりました。


「フゥ〜。お邪魔しますよ」

「狐介の旦那、いらっしゃいませ」

「ええ、ええ。挨拶なんて適当で構いません。それよりも酒を頼めるかい?」

「はい。誰ぞ! お酒を」


 そういうと、禿カムロカエデちゃんがお酒を持ってきてくれます。


「うん! 美味い」

「お仕事ご苦労様どす」

「美人に入れてもらう酒は格別ですね」

「最近は、奥方様をもらいはったそうやないですか? おめでとうございます」

「やはり耳が早いな。桜木様はなんの用やったんや?」

「……」


 遠慮のない物言いに配慮がない人やと思てまうなぁ〜。


 お客様の情報をベラベラと話すようでは一人前やあらへん。


「私とお前の仲だろう。同じく桜木様を盛り立てようと思うておるのや。協力しても良いやろう? それとも桜木様が、お前のために私を殺すと思うか?」


 嫌な男だ。


 ウチの体が目当てやない。


 だけど、こちらを嫌な気持ちにさせることや、相手の弱点を突くことにかけては、この男は天下一品の才能を持っていはる。


「忍びを欲しておられました」

「忍び? ハァ〜、あの人はやっぱり鋭いなぁ〜。それでなんて返事をしたんです?」

「唐物を扱う商人か、大きな船で来る商人なら知っていると答えときましたよって」

「ほぅ〜やっぱりあんさんは賢いな。流石は越後のくノ一や。同じ出身じゃないとわからへんかったからなぁ〜。ですけど、どうして桜木様は、あんさんにそないな話を持ってきたんでしょうな?」


 狐介の旦那に問われて考えてみるが、その答えは出ない。

 

 鷹様に出会って三年が経ちますけど、ウチは忍びらしい仕事は一切してない。


 たまたま、狐介の旦那は越後の出身である大旦那さんに忍びの見分け方を聞いて、ウチを見つけはった。


 せやけど、それを知らない鷹様はウチが忍びの出身とは知らんはずや。


「あの方は恐ろしい方や、もしかしたらあんさんのことを、すでに見抜いてはるかもしれませんねぇ〜」

「それはないと思います」

「そうでしょうか? 桜木様は人を見る目を持ってはる男です。私を一目見て融資を決めはった。他にも平八さんや蛙さん。桜木様の周りには優秀な家臣が集まってはる。あの人は、常に人を見て策をめぐらせてるように感じてならんけどな」


 狐介の旦那が思考を巡らせている間に、ウチは心臓が締め付けられるような想いをしてました。


 もしも、鷹様がウチが忍びという卑しい存在として知っていて聞いたなら、今日の答えをどう思ったやろ?


 イの一番にウチに聞きにきた理由……。


 もしも、バレているならウチはどうなってしまうんや? ここを追い出されて、もう行く当てもない安住の地を探すんか? それは嫌や。


 やっと見つけた場所や。


 遊女であっても、好いたお方の近くで仕事が出来る。


「もしかしたら、あのお方は全てをわかった上で、あんさんを忍びとして雇用したいとおもてるんかもな。それにあんさんを頼って、キナ臭い者たちも集まってきてるという噂ですからねぇ」

「えっ?」

「さっきの唐物も、堺者も、間者なのは確かです。それ以外にもなんや最近の美波藩の発展にあやかろうとしている者たちは大勢おります。重々気をつけなさい」


 狐介の旦那は酒と食事を済ませると立ち上がって、部屋を後にしていく。


 ウチは一人夜空を眺めて、三味線の弾いた。

 周りの喧騒に気持ちを紛れさせて……。


 ♢


《side桜木鷹之丞》


 本日は、新しい足軽の雇用をする入団テストを行う予定にしていた。


 大概は他藩から脱藩して職もない者たちがほとんどではあるが、脱藩は重罪とされつつも、小判鮫のような本当に大罪を犯した罪人でもない限りは指名手配されることはない。


 そのため逃げ仰せたはいいが、九州や中国地方で、住むことができない者たちが、美波藩に流れ着いて仕事を探すために応募してくることがある。


 だが、その中に小説で見知った人物が紛れ込んでいるのを見つけて、ギョッと驚いてしまう。


「あ〜すまない。俺は美波藩で代官をしている桜木鷹之丞だ」


 足軽を雇うのは美波藩なので、名目上は井上殿に監督をしてもらっている。


 俺は試験官の一人として参加しているわけだが、その人物に近づいて名乗った。


「はい?」

「名を聞いても良いか?」

「はい? 農民の弥一と申します」

 

 訛りのある言葉で、人が良さそうな顔をしている弥一だが。


 この男は作中で最強と呼ばれる暗殺者、忍びの風車弥一だ。


 高名な老人の隠し刀で、二人の懐刀よりも強く。 


 特別な存在だ。


「あ〜弥一さんは、農民なのに妖怪の討伐に参加するのか?」

「はい〜実は脱藩した身で農地を持たんのです。そこで金を貯めて農地をお借りしようおもて参加させてもらいました」


 言葉は嘘ばかりだが、周りの受験者たちは弥一の言葉を信じて、一緒に頑張ろうと声をかけている。


 それほど弥一は農民として溶け込んでいる。


「そうか、多分ここにいる者たちはほとんどが採用されると思う。俺も代官として妖怪退治に参加することがあるから、その時はよろしく頼む」

「へい! こちらこそ、代官様にわざわざお声かけいだきありがとうございます!」


 俺は恐ろしい相手を見つけたことに、内心ではヒヤヒヤしていた。


 それを悟られないように、手元に置くべきか、遠ざけるべきなのか、真剣に悩み始めていた。

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