第25話

 入学式……。


 蘭姫様にご挨拶をしていただき、創始者としてそれを眺める。


 蘭姫様は、髪の毛を下ろして、綺麗に整えた姿で現れた。


 八歳になられた姿は小説の挿絵に描かれた姿以上に美しく、真っ黒な髪が多いなかで、栗毛の赤茶髪が幻想的な雰囲気を作り出している。


「皆の者、美波藩主が娘、蘭である。此度はこのような形で学習塾に通わせてもらうことを嬉しく思う」


 蘭姫様が透き通った声で発した言葉に、皆が静かに聴き入ってしまう。


 こうして蘭姫様が通ってくれることを想定して、立地は城下町でも城から遠くない場所に学校を建てた。

 

 同心や商人が住んでいる場所を通れば、たどり着く立地であり、町民や農民が住む地域との境目になる。


 どちらの地域も発展を遂げつつあるが、それでも差ができてしまうのは仕方ない。

 それでも三年前に比べれば、農民たちが住む下町が随分と発展を遂げたことは事実だ。


 そして、この立地を選んだのは、蘭姫様にも下町の者たちの状況を知ってほしいと思ったからだ。

 

 農業や職人は専門的な分野を勉強するため、こことは違う学校を別の場所に建てた。


 彼らにも文字の読み書きや計算を教えて、悪い商人や同心がいた際に報告してもらうのだ。


 年貢を納める際に裁量に対して騙されないための処置であり。


 今後、天下泰平の世が続くのであれば、農民にも身分を抜け出して出世を求める者が出てくるかもしれないからだ。


 そして、農業に特化した効率の良い農作業などや、職人たちの卓越した技術を教えてもらう学校を作ることで、教師に給金を出して支援ができるようにしてある。

 

「こうして妾が通うことによって気を使わせてしまうと思うが、それでも仲良くしてくれると嬉しく思うぞ」


 蘭姫様が笑顔で挨拶を終えると、顔を赤くして呆然と見つめる男子たちがいた。


 それも仕方ないが、やんごとなき身分差があるので、惚れるだけにしておけよ。


 俺は盛大に拍手をして、蘭姫様の入学式の挨拶を盛り上げた。



 蘭姫様が学習塾に行くようになり、午前中は学習塾に、午後には帰ってきて、お茶や琴などの習い事をするようになったので、忙しさが増して、なかなかゆっくりと話ができる時間が減ってしまった。


 ただ俺の仕事は、内政として学習塾を作っただけじゃない。


 小判鮫家が取り仕切っていた《呉服》と《遊郭》について、取り掛かっていた。


 これまでの呉服問屋は、藩民のことなど考えない高級志向で着物の値段が法外であった。ほとんどが家老の中でも小判鮫家だけが買えるような値段ばかりだった。


 だが、此度の一件で癒着と横領という反逆行為を行ったために、商家の当主は反逆者として、小判鮫家同様に資産の没収と、家族一人一人を調べ、狐介に人柄を調べさせた上で、処罰を行った。


 また、呉服問屋と小判鮫家から押収された、着物や高級な生地は狐介に口ききをして、再利用して格安で着物の販売を始めることにした。


 小判鮫家からは今では使わない鎧などもあったので、そちらは鍛治師に頼んで、足軽部隊の具足と胸当てへと作り変えた。


 戦の世は終わったと言っても妖怪たちが蔓延る間は、武器も手放せない。


 だが、重い鎧を着て戦う時代ではない。

 逃げる時に重い鎧は邪魔なのだ。

 頭、胸、足を守れる防具があれば十分に戦える。


 小判鮫家から押収した中で、藤が購入した着物は何よりも多かった。


 正直、着てもいない新品の物もたくさん押収されたので、そちらを古着として使うのはもったいないと思えるほどだ。


 だが、作り直して手頃な値段で美波藩内で販売することにした。


 生地は高級だが、古着なので安く売る。

 その謳い文句で、狐介が販売したところ飛ぶように売れた。


 これまでボロボロな麻などを着ていた町民は、高級な生地を着ることができるようになって冬に寒さで凍えることはない。


 ただで押収した物だが、利益が出た分は張子たちに、多めの給金として渡した。


 狐介は江戸の本店に報告して、高級着物の買取所を設けて、同じようなシステムを使って販売を行ったところ、江戸でも大人気になったそうだ。


 やはり生活が苦しい中間層からすればありがたいようだ。


 特に購入者として多かったのは旗本の奥様方で、そこそこの身分でも給金が少ない旗本家は、身分を隠して購入する方が多かったと報告してくれた。


 江戸での売り上げはかなり良かったようで、発案者として狐介の父親から売り上げ金の一割を献上された。


「お代官様、こちらが売上になります」


 別に悪いことをしているわけではないのだが、狐介とのやり取りはいつも悪巧みをしているように映るのは様式美なのだろうか?


「最近は街道で妖怪と遭遇する確率も随分と減りました」

「そうか、それは良かったな」

「それも桜木様の働きあってのことだと思っております。美波藩の兵士は優秀だと、各地で噂になっているようですね」


 他藩では、討伐部隊が作られていると言っても、藩民のために動くかといえば事件が起きてからになってしまう。


 普段から見回りをして、魔物退治をするほどの藩主は、相当に大名として名高い方ぐらいだ。

 

「そういえばお前、結婚したそうだな」

「へい! 前回、江戸に帰った際に仲の良い商家から娘さんをいただきました」

「そうか、ならこれは祝儀だ」


 そう言って小判を十枚差し出す。

 もらった売り上げから言えば微々たるものではあるが、狐介との関係は良好な関係を維持していたい。


「あっ、ありがとうございます!!! 此度の学習塾だけでなく、呉服部門でもここまで儲けさせていただいたのに、このような心遣いまで!」

「何をいう。商人として、お前ほど私の思う通りに動いてくれる者はいない。今後も期待しているぞ」

「はは!」


 教育、衣類、この二つの面で俺は内政を上手く運ぶことができたと思っている。


 そのため美波藩の財政は増えて、美波藩主からも「どんどん頑張りなさい」とお墨付きをいただいた。


 金さえ送っていれば、こちらの思う通りにさせてくれるので、ある意味で美波藩主は俺との相性が良いと言えるだろう。


 そして、最後の《遊郭》に関しても大改革を行った。


 最も怖いのは病気だ。


 梅毒などの性病を流行らせるわけにはいかない。

 梅毒は細菌だ。

 この時代では不治の病であり、治療する術がない。


 そこで蘭方医と、俺の知識から引っ張り出した衛生管理者ルールを設置した店だけが営業を行えるようにしている。


 これはお客を守るだけでなく、女性を守ることにも繋がる。


 三年で随分と汚かった遊郭街も、街並みが綺麗になって、白粉の禁止や、食事の安定供給などの面からも、健康的な肌艶をした女性たち商人や美波藩を訪れた旅人や武士を相手に商売を進めていた。


 遊郭として、莫大な利益を出しているかと言えば、正直物足りない。


 だが、今はそれでいい。


 数年後、この衛生管理が、江戸で蔓延する疱瘡を防ぐことに繋がると俺は信じている。


「春が来たばかりなのに、何かと忙しすぎて落ち着いて考えることもできないな」


 ふと、高明な老人が今の美波藩を見てどう思うのか? それを考える時がある。


 もしも、小説に強制力などがあるのなら、強引に粗を探して断罪に仕向けるかもしれない。


 なら、完璧に穴を無くした藩経営を行う必要がある。


 俺はそのための下地を作ることに手を抜くわけにはいかないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る