第21話
俺が地震に紛れて、逃げ出している最中に、轟音と共に蔵が崩壊していく。
あれほどの千両箱を積み上げていたために、蔵が傾いてしまったのだろう。
埋まっていく千両箱を尻目に、地震が小判鮫家を襲った。屋敷全体が揺れ、瓦礫があたり一面に飛び散った。
俺は何とか逃げ出し、暗がりの中で新之助と合流した。
「鷹之丞様、大丈夫ですか?」
「問題ない。だが、ここから早く離れよう」
俺たちは闇夜に紛れて屋敷を後にした。
逃げながら、新之助に座敷童を救い出したことを話した。
「ですが、不思議ですね。地震が起きたときは大きいと思ったのですが、実際に周囲を見渡せば、小判鮫の屋敷以外はそれほどの被害が出ておりません」
「座敷童の力かもしれないな」
「座敷童ですか?」
「ああ、奴らは噂通り、座敷童を幽閉していたのだ。彼女が真実を語ってくれれば、小判鮫の悪事を暴けるだろう」
「それは心強いことです」
ただ、人間に対して、良い思いはしていないだろう。
たとえ証言をしてくれなくても、座敷童を失った小判鮫家が崩壊していくことは間違いない。
今回の地震もその序章に過ぎないだろう。
♢
屋敷にたどり着いた我々は一息ついて、着物に着替えて眠りにつく。
だが、その夜、来客があった。
門を叩く音に気づき、俺が開けると、そこには幼女が立っていた。
「人間よ。私はサエじゃ。助けてくれんか?」
座敷童のサエは幼女の姿をしているが、それは閉じ込められて力をを失っているからだ。
強がった口調をしているようだが、声は震えていた。
これまで小判鮫家に幽閉されていたのだ。
本当はここに来るのも怖かったのかもしれない。
「どうしてここがわかったのだ?」
「私に覆面など無意味じゃよ。気の流れを見れるからのう」
「そうか、大丈夫か? 声が震えているぞ」
「なっ!?」
「俺はお前に危害を加えるつもりも、幽閉するつもりもない。お前が助けてくれというなら助けよう。何をすれば良い?」
俺の言葉が信用できないのか、座敷童は黙り込んだ。
そこで、夕食の残り物を温めて食事を提供することにした。
「食べて良いのか?」
「座敷童は腹を空かせないのか?」
「空く」
白飯、焼き魚、味噌汁、沢庵とそれほど豪華な食事ではないが、座敷童はガッツくように食べた。
その幼い容姿に涙を浮かべ、美味しそうに食事をする。
「そんなに急がなくても誰も取らぬよ」
「おっ、おかわり」
「ああ」
俺は座敷童が満足するまで食事を提供した。
結局三杯もおかわりして、味噌汁を二杯も飲んだ。
「うむ。馳走になった」
「何、気にするな。座敷童に飯を振る舞って罰は当たらんだろう」
「お主は面白い男じゃのう」
食事をして落ち着いたのか、小判鮫松五郎の祖父が戦国時代に捕まえて、それ以来ずっと幽閉されていたという。
すでに五十年以上の時をあの座敷牢で過ごしていたことになる。
小判鮫家は座敷童の力を悪用していて、財力を成した。
それは美波藩に対して、反逆行為であり、江戸幕府が定めた座敷童に対する法律を破っている。
座敷童は藩に保護されるべき妖怪であり、神社や屋敷など座敷童が住みたい場所を提供して、藩の繁栄に協力していただくというのが幕府が定めた法であった。
それを小判鮫家は自身の家だけで幽閉して、独り占めしようとしたのだ。
「大丈夫だ。サエ殿のことは美波藩代官、桜木鷹之丞の名にかけてお守りいたします。今後は美味しい物を食べ、好きな場所でお住まいください」
「うむ。よろしゅう頼む」
俺はこうして座敷童のサエを迎えることができた。
♢
翌朝、すぐに蘭姫様に座敷童のサエ殿を合わせると、サエ殿は蘭姫様の愛らしさにメロメロになった。
「なんじゃこの餅饅頭娘は、モニュモニュして可愛いではないか!」
「こちらは美波藩主が娘蘭姫様です。そして、蘭姫様。こちらは座敷童のサエ殿です」
「ほぅーーーー! なんじゃほんもののおにんぎょうさんのようじゃのう!」
あっ、蘭姫様も座敷童のサエ殿にメロメロだ。
お風呂に入って綺麗な着物を提供したサエ殿は、日本人形のように整った容姿と、美しい髪をした幼女だった。
蘭姫様と、サエ殿はタイプの違う幼女ではあるが、どっちもめんこいのぅ。
これほどに眼福なことはない。
先にいうが、俺は幼女属性を持っているわけじゃない。
ただ、尊い存在として、彼女たちの絡みを可愛いと思うだけだ。
「のう、主よ」
サエ殿は俺のことを主と呼ぶようになった。
「なんだ?」
「この女子がお主の主人かえ?」
「そうだ。俺は彼女のために代官をしている」
「ふむ。ならば私も協力したい」
「そうか、これから頼むぞ」
「うむ。ランという。どうじゃ今から、私と共にお手玉でもせぬか?」
なんでそんなナンパ口調で遊びに誘うんだ? ただ、声に若干の震えがあるから、サエ殿も勇気を振り絞っているのかもしれないな。
「お手玉? やったのことがないの!」
「ふむ。ならば、教えてやろう」
「うん!」
満面の笑顔で応じる蘭姫様はとてつもなく可愛い!
「うむうむ。良いのう! 主よ。今日はここで過ごすが良いか?」
「ああ、もちろんだ。蘭姫様を頼むぞ」
「うむ。任されよう」
二人の幼女が楽しそうに笑い合う姿を見ながら、念の為にお玉と蛙にも控えてもらっている。
座敷童のサエは、俺を主と呼んでくれている。
自然発生的な契約を結んでいる状態だと、蛙が教えてくれた。
つまり、サエは俺の使役する妖怪ということになる。
今後、どのようにサエが動くのかわからないが、今の俺は二人の楽しそうな雰囲気を壊すのではなく、守りたいと思う。
♢
小判鮫家の屋敷と蔵が地震によって崩壊していた。
周辺だけに起きた地震により、小判鮫の家財道具は瓦礫の山と化していた。
俺はすぐに座敷童のことを藩主に報告し、サエの証言を元に、小判鮫の陰謀を明らかにする準備を進めた。
化けカラスの巻物や座敷童の証言をもとに、小判鮫の悪事を暴くための証拠を揃え、藩主から返事が来たことで、裁判をするために小判鮫を呼び出した。
家老を裁くほどの権利は代官にはない。
ただ、藩主からの許可で裁量は変わる。
此度はすでに判決が出ている状態なのだ。
「美波藩代官、桜木鷹之丞様のおな〜り〜」
俺は奉行所の正装を纏った。
江戸のお
「お代官様! これはどういうことですか?!」
小判鮫松五郎、その妻である藤。
二人は屋敷が崩壊したというのに、綺麗な着物に身を包んでいた。
そして、数名の小判鮫家の家臣が庭のような砂利敷の場所に平伏し、俺は高い位置の座敷に着座して、彼らを見下ろし向かい合う。
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