第20話

 平八とお鶴、そして以蔵の活躍により化けカラスを退治したが、その背後にいる小判鮫松五郎の陰謀を暴くためには、更なる準備と慎重さが求められる。


「新之助」

「はっ!」


 俺は平八から巻物を受け取った巻物に描かれた化けカラスの絵と、そこに込められた陰陽術の痕跡を追うことにした。


 現状の巻物と、印だけでも小判鮫が化けガラスを操り、美波藩を混乱に陥れようとしたことは明白だ。だが、決定打かと言えば足りないのだ。


「小判鮫松五郎を追い詰めるためには、もう一つ後押しが欲しい」

「どうされるのですか?」

「小判鮫家の屋敷に潜入し、更なる証拠を集める必要がある」

「それでは平八に」

「いや、これは秘密裏に行う。俺自ら潜入するつもりだ」

「危険です!」

「わかっている。だが、他者に任せられるほどの人材がいないのだ」


 忍びなどが手元にいれば、すぐにでも頼みたいところだが、残念ながら今の俺にはいない。


 都合よくことが運ぶわけではない。


「ならば私も!」

「ダメだ。と言いたいが、潜入ではなく、逃走経路の確保を頼みたい」

「手伝わせていただけるのですね!」 


 化けカラスの際には留守を申し付けたことを根に持っているのかもしれないな。


 嬉しそうな顔をされてしまうと、こちらの方が罪悪感が湧いてくる。


「大捕物が行われて、今日は警戒していることだろう。明日の夜に仕掛けるぞ」

「はい!」


 ♢


 夜の帳が降りる頃、俺は信頼のおける新之助とともに、小判鮫の屋敷に向かった。


 井上様、以蔵、蛙、平八の四人には、今回の潜入について事情は話している。


 闇夜に紛れて静かに近づき、屋敷の周囲を慎重に探索した。

 護衛の数は多くはなかったが、油断は禁物だ。


 俺は手際よく屋敷の裏口から忍び込み、一人で小判鮫家の屋敷に証拠となり得そうな物を探した。


 鍵のかかった書庫を破り、内部を調べると、大判小判の千両箱が置かれていた。

 金庫以外にも蔵の中に同じような箱が山と積まれている。


 これほどの財を小判鮫が築けるとは思えない。


「何かあるな」

「そこで何をしている!」


 俺は蔵の中を覗いていたところを見回りに発見されてしまう。


「であえであえ!」


 見回りの声から逃げるように俺は屋敷の中へ飛び込んだ。


 その先には隠し通路があり、奥へと突き進んだ。



《side小判鮫松五郎》


 夜の帳が降りた頃、小判鮫家では蝋燭の灯りを見つめながら、大捕物が行われたと聞いて眠れない夜を過ごしていた。


 屋敷の奥深く、隠し部屋になっている薄暗い座敷牢で怯えた表情を見せる座敷童。


「くくく、ワシにはまだ座敷童がいるのだ。ふぅ、大丈夫だ」


 気持ちを安定させて、もう一度自室へと戻れば、大捕物が行われている声が聞こえてくる。


 もしも、桜木鷹之丞がこの屋敷に来たらどうなる? ワシは封印されたもう一体の巻物を手に取った。


 その巻物には、巨大な猫の妖怪、火車が封印されている。


「化けカラスなどやられてもしらばっくれればいい。だが、座敷童だけは奪わせんぞ」


 だが、桜木は当家にやってくることはなかった。


「ふん、結局ワシに繋がる証拠は手に入れることができなかったのだ」


 気持ちを落ち着かせ、眠りについたワシを起こしたのは、「曲者だ! であえであえ!」 そういう身守りの声だった。


「なっ! 何が起きておる! 誰か! 誰かおらぬか?」

「はっ! 小判鮫様」

「何があったのだ?」

「蔵に盗人が忍び込んだようです。すぐに見回りが見つけて、追いかけました」

「捕らえたのか?」

「いえ、犯人は見つかっておりませんが、蔵に入れる前だったので何も盗られてはおりません」

「ええい! どうして捕まえておらぬのだ!」


 もしも座敷童のことがバレたら! ワシは気が気ではなくて、立ち上がって座敷牢を目指した。その手には火車の巻物を護身用に握りしめた。



《side桜木鷹之丞》


 隠し通路を進んでいくと、そこには座敷牢があった。


「誰かいるのか?」

「誰?」


 暗闇に月明かりが照らす。


 そこにはボロボロの着物に、疲れた顔をした幼女が座り込んでいた。


「君は!?」

「私はサエ」

「サエ? 小判鮫家の娘か?」


 俺の問いかけに幼女は首を横に振る。


 厳重に牢屋に閉じ込められた幼女に俺は疑問を持つ。


「もしかして、座敷童なのか?」

「うん」


 噂で聞いていたことは本当だったんだ。

 小判鮫は座敷童を閉じ込めていた。


 これは、化けカラスなど問題にならないほどの事件だ。

 

「お前が座敷童なら絶対に助けてやる! 俺は美波藩代官、桜木鷹之丞だ」


 俺は刀を抜いて牢屋に張り巡らされた札を切り裂いた。


 封印の札なのだろう。

 普通に刀を振るうだけではダメだったが、以蔵師匠に気の流れを教えてもらって、陰陽術を使った剣術を使うことで札を切ることができた。


「ニャー」


 もうすぐで牢を破れるというところで、猫の鳴き声がして、炎を纏った巨大な猫が現れる。


「くくく、曲者め! 見てはならぬ物を見てしまったな」


 顔を隠していることで、こちらの正体には気づいていないようだ。


「ワシの屋敷に押し入ったのが運のつきよ。幸福を授ける座敷童に取り憑かれているワシと貴様では幸福の度合いが違うのだ! 行け、火車。焼き殺してしまえ」


 火車と呼ばれた炎を纏った猫と対峙する。動きは素早く、その炎は熱くて近づけない。


「主」

「えっ?」


 刀で応戦していると、後ろから座敷童に声をかけられる。


「本当に逃がしてくれるのか?」

「ああ、そのつもりだ。ただ、一つ願いたい。逃げるのは構わないが、被害は小判鮫だけにしてほしい。美波藩に責を負わせることは勘弁してくれ」

「……よかろう。その妖怪も、あの男が持つ巻物に封印されて使役されておる」


 座敷童に教えてもらって小判鮫を見れば、確かに巻物を持っていた。

 妖怪を直接倒すことは難しいが、巻物を奪うことはできる。


「なら、ちょっと待っていてくれ」


 俺は陰陽術の応用で、気を爆発させるように、火車との間に小爆発を起こした。


 その意表に火車が飛び退いて、隙間が出来た。


「今だ!」


 俺は最速の牙突で、小判鮫が持っていた火車の巻物を突き刺した。


「なっ! 貴様、どうしてこちらの手の内を!」


 そのまま火車の巻物を切り裂くと、姿が消滅していく。


 まだ、座敷童を救うには問題がありそうだ。


「ええい! であえであえ! 曲者はこちらにおるぞ」


 座敷童を隠していたくせに、なりふり構わす人を呼んだ小判鮫の前で、俺は座敷牢の扉を開いた。


「さぁ、どこへなりといくがいい」

「面白いね」


 そのまま座敷童は壁をすり抜けて屋敷を出ていく。


「わっ、ワシの座敷童が!!!」


 座敷童が外に出ると、屋敷全体を襲うように地震が起きた。


「なっ!」


 地震によって怯んだ見回りたちの間をすり抜けて、俺はそのまま逃げ出した。


 さて、座敷童を失った小判鮫家はどうなるのか? 予想もつかない。

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