第22話

 俺は堂々と座に着き、厳かな空気の中で言葉を発した。


「小判鮫松五郎、その妻、小判鮫藤よ。其の方らが座敷童を幽閉し、その力を不正に利用していた罪により、この場で裁きを行う」


 松五郎は震える声で反論した。


「お代官様、これは何かの間違いです! 我々はそのようなことはしておりません!」

「まず、証拠を示す。これを見よ」


 俺の命令で新之助が座敷牢の見取り図が書かれた巻物を皆に見せた。


「これは小判鮫の屋敷に座敷牢がある設計図だ。座敷童はこの隠された座敷牢に幽閉されていたと証言があった」


 松五郎は焦りの色を浮かべながら反論する。


「お代官様、それは何かの間違いです! そんな見取り図がなんの証拠になるのですか? 現に我が屋敷は崩壊して、本当にあったのか証明できません。屋敷も蔵も潰れてしまったのですから。それは全て捏造に決まっています!」


 証拠を出せと言わんばかりの物言いに、俺は二つ目の証拠を出すように新之助に合図を送る。


「ならばこれはどうだ? 小判鮫家の家紋が入った巻物だ。これには最近、美波藩を悩ませていた化けカラスが封印されていたことがわかっている。これも貴殿の仕業ではないと申すか?」

「もちろんでございます! それはウチの家宝の一つで、賊が入って盗まれたのです!」

「賊、とな?」

「はい! 私はまったくなんの関わりもありません!」


 キッパリと言い切った松五郎に、悪事が極まって清々しさすら感じる。


 松五郎はさらに声を荒げて反論した。


「そんなものは証拠になりません! すべて作り話です!」


 俺は一瞬、沈黙を守った後、深い息を吸い込んでから続けた。


「松五郎、お前の言い分は理解した。しかし! これらの証拠が貴様が何かしら美波藩に隠し立てしていた証にはなる。無視するわけにはいかん」

「くっ!」


 松五郎は観念したわけではないが、こちらを睨みつけるような視線を向けてくる。


 俺はこのまま問答をしても埒がないと判断して、視線を藤へと向ける。


「藤、お前も松五郎と同罪である」


 藤は驚きの表情を浮かべた。


「何を! 私は何も知りませぬ! しかも聞いていれば濡れ衣ではありませんか! 確たる証拠もないのに呼びつけて、どういうおつもりですか? 座敷牢や座敷童が幽閉されているのを見たとでもいうんですか!」


 夫と同じく威勢よく反論する藤に、松五郎も満足そうな顔を見せる。


「本当に何も知らないと申すか?」

「身に覚えがございません」

「ならば、夫がどのような悪事をしたのか知らないと?」

「もちろんです」


 勝ち誇ったような顔を向ける藤に、俺は小判鮫について見つけた悪事の目録を披露する。


 小判鮫松五郎は美波藩の藩主の妹を、金の力で射止めて家老になった男だ。


 叩けば埃などいくらでも出てくる。


 ・妻以外の女との密会。

 ・藩の年貢の横領。

 ・果てはお手つきにした部下を斬り殺す、殺人罪まであった。


 個人的に言えば切腹を申し付けたいところだが、それを命令できるのは美波藩主か、江戸幕府の役人だけだ。


 俺にそこまでの権利はない。


 此度の結論もすでに美波藩主に認められた裁量内でしか、沙汰を下せない。


「藤、これだけの悪事を働く夫を、貴様は黙認していたということで相違ないな?」

「まっ、全く身に覚えがございません! たとえ夫が悪事を働いていても私には関係ありません」

「藤! 貴様!」


 夫に全ての罪をなすりつけて、自分は助かろうとする厚かましい姿に松五郎も怒りを見せる。


「そうか? ならば、其の方は座敷童の幽閉にも加担していないと申すのだな?」

「はい! 何も存じておりません」


 知らぬ存ぜぬを通す藤に呆れてしまう。


「では、其の方は、小判鮫家がどのように財を成したのか知らぬまま、莫大な出費を続けていたというわけだな。家老の俸禄以上の出費をしても問題ないと?」

「そっ、それは小判鮫家には、これまで蓄えた貯蓄がありますれば」


 家老の給与だけでは購入ができない品物も、呉服問屋から仕入れていることはわかっている。


「ほう、それだけの財を持っている理由は知らぬのに、使うのに躊躇いはなかったと? 藩主の妹君として、教育は受けておるのにか?」

「そっ、それは!」

「本当にそうであるなら、小判鮫家を蝕む存在であり、そのような世間知らずが、蘭姫様の教育係をしていたとは甚だ如何ともしがたい」


 これまで蘭姫様を虐げた報いを受けさせる。


「知らぬ存ぜぬなら仕方ない。小判鮫家の妻として、鞭打ち百回で許しとしよう。自白してくれたなら、藩からの放逐だけでよかったものを、実に残念だ」


 俺は心から残念だと伝えて、藤から視線を外して、与力の平八に鞭打ちの準備をさせる。


「代官様、それは誤解です! 私はただ、家族のために最善を尽くしていただけです!」

「家族のためとはいえ、座敷童を利用することは、幕府が定めた陰陽法に対して許される行為ではない。お前は知らぬ存ぜぬというが、すでに小判鮫松五郎の悪事は暴かれている。法律を破る行為は幕府に反旗を向けたと同義であるぞ! 罰は受けねばならぬ!」


 俺の沙汰に藤が項垂れる。


 しかし、今度は松五郎が再び声を荒げた。


「そんな証拠はどこにもない! すべて捏造だ!」

「ならば、もう一人の証人を呼び出そう」


 俺は手を打ち鳴らし、新之助に忍び装束を持って来させた。


 昨夜、忍び込んだままの姿を披露する。


「なっ!」

「よく覚えていたな。あの晩、我の姿を見なかったとは言わせんぞ!」


 俺は盗人の姿になって、松五郎を睨みつける。


「なっ! 貴様は!」

「そして、俺だけじゃない」


 俺の呼びかけに応じるように座敷童のサエが空から舞い降りる。


 幼女の姿をした座敷童はまるで天女のようであった。

 場内は一瞬にして静まり返り、その場の空気を一変させるほどに神々しい。


「私はサエじゃ、座敷童である。この小判鮫家に幽閉されて何十年、ずっと、封印の護符によって、我が力を奪われていたことは事実である」

「そんなこと信じられない! 妖怪の座敷童に何がわかるというのだ! ただの作り話だ!」


 サエは静かに、しかし力強く言葉を紡いだ。


「私はずっと小判鮫家を見てきた。幽閉とはいえ、見守るしがない故に、ずっと、貴様の父、そして祖父がどのような悪事してきたか、全て話してやろうか?」

「なっ!」


 俺はサエに向かって頷き、再び松五郎に目を向けた。


「これ以上の反論は無意味だ。証拠と証言に基づき、小判鮫松五郎、その妻藤を有罪とする。貴様らから全財産を没収し、藩の財産として処理する。さらに、これまでの嘘の証言と、悪事の重さに百叩きの刑を受けたのち、美波藩からの除籍を命じる」

 

 項垂れる松五郎に沙汰を告げる。


 俺自身としては切腹を命じたかった。


 だが、美波藩主が下した命は、以上のとおりであり、藩から追い出すということで決着がついた。


 松五郎と藤は泣き崩れ、その場に伏した。

 俺は立ち上がり、厳粛な声で言い放った。


「美波藩代官、桜木鷹之丞の名において、これ以上の悪事を許さぬ。即刻、刑を執行せよ!」


 金を奪い、身包みをはいで、罰を受けたのちに、藩の結界から放り出す。


 妖怪が跋扈する街道へ放り出されるのだ。


 ある意味で死刑宣告とも言えるだろう。


 俺の沙汰に対して、周囲の者たちが一斉に膝を折り、敬意を示した。

 堂々と座を立ち、サエを抱き上げ、残った者たちに沙汰を告げて、閉幕とする。


「サエ、これからは自由に生きるがよい」


 サエは心底嬉しそうな顔で答えた。


「うむ、主よ。これからもよろしく頼むぞ」


 こうして、小判鮫家の悪事は暴かれ、座敷童のサエは自由を取り戻した。

 藩には平和が戻り、蘭姫様とサエの笑顔を守れた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


 一先ず、次の話で第一幕完結です。

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