第18話

 俺が小判鮫と小競り合いを繰り広げている間に、蘭姫様がいる場所で何かあったようだ。


 普段、蘭姫様とお玉は、中庭が見える場所で勉強をして、縁側でオヤツを食べて休憩をする。


 勉強をしている間は邪魔をするわけにはいかないので、休憩に入るまでは城で出来る仕事を行って、彼女たちが休憩に入る時間を待つ。


 時計が存在しないために、このような曖昧な時間設定になってしまう。


 懐中時計などは南蛮から由来しているが、かなり高価な物なので使ってはいない。

 そのうち原理はわかるので、鍛治師に時計を作らせても良いと思う。


 現在は日時計によってある程度の時間を把握するようにしている。


「蘭姫様、失礼します」

「タカ!」


 俺の顔をみつけると抱きついてくださった。


 お玉もこちらを見て、何か言いたそうな顔をしておられた。


「何かありましたか?」

「スズメがね、いたの」

「スズメですか?」


 どうやら雀が迷い込んできたことで、二人は騒いでいたようだ。


「うん。だけどね、うごかなくなったの」

「っ!」


 そう言われてお玉を見ると、悲しそうな顔をしていた。


 蘭姫様にとって、生きている者が動かなくなる。 

 それは初めての『死』という概念を知らなかったからだろう。


 この時初めて生き物の死に触れて、蘭姫様は何を感じるのだろうか? 蘭姫様の顔を見ても、今は訳がわからないという顔をしている。


「失礼」


 俺は蘭姫様から離れて、中庭で動かなくなった雀を拾い上げる。

 

 確かに息をしていない。


「蘭姫様、生き物はいつか死を迎えます」

「し? しとはなんなの?」

「死とは、この雀のように動かなくなることをいいます」

「うごかなくなる?」


 この世は、確かに命が軽い。


 だからといって、命が尊いものであることに変わりはない。 


「いつかタカもうごかなくなる?」

「そうですね」


 私は蘭姫様と目線を合わせる。


「誰しも終わりが来ます。ですから生きているものは精一杯幸せになるための努力をしなくてはいけないと私は思うのです。私はこの身が動かなくなるその時まで、そして蘭姫様が動かなくなるまで、幸せになっていただくために頑張ります」


 蘭姫様は、死を理解したのかわからない。


 だが、俺をギュッと抱きしめてくれた。


 大きな両目には、大粒の涙を溜めていた。


「いやなのじゃ! いやなのじゃ! タカはうごかなくなってほしくない!!!」


 泣いて、力いっぱい抱きしめる蘭姫様をゆっくりとなだめる。


「もちろんです」


 それから彼女をなだめるが、涙叫ぶ蘭姫様は涙の跡を残して眠りにつくまで泣き続けた。俺は雀を梅老にまかせて、蘭姫様を寝かせるために寝室へと抱き上げて連れていく。


 目が覚めれば、服を寝巻きに着替えさせなければいけないが、今は彼女の側にいたい。死を知った蘭姫様が目を覚ました時に一人で心細いと思わないようにしてやりたいのだ。


「鷹之丞様」


 蘭姫様が眠る部屋の中、梅婆が気を利かせてお茶を持ってきてくれる。

 その横にいたお玉が俺に問いかけてきた。


「どうした?」

「お聞きしてもいいですか?」 

「なんだ?」


 お玉はあまり感情を表に出さないおとなしい子だ。

 だからこそ、このように問いかけてくることは珍しい。


「父上は死んだのですね」

「うん?」


 お玉の質問の意図からは、彼女はお鶴から父である陰陽術師、蛙の死を知らないということか? それを俺の口から伝えて良いのか……。


「それは」

「母上から、父上か帰ってこなくなったと聞きました。ですが、城に来るようになって女中さん方が父上が死んだと言っていました」


 余計なことを口走る女中がいるものだ。


 この場で誤魔化すことは誠実ではないな。


「陰陽術師の蛙殿は、美波藩主様を妖怪からお守りして亡くなったと聞いている。名誉の死だ」

「……はい。ありがとうございます」


 六歳になったばかりの幼女に、俺はこれ以上言葉を重ねることはできない。


「あの、私も頭を撫でていただいても良いですか?」

「ああ、おいで」


 母ではなく、父を恋しいと思ったのかもしれない。


 蘭姫様にはどちらも生きているのに側にいない。

 お玉の側にいるのは母だけで、父は生きていない。


 二人の幼女はどのように成長していくのだろうか? 俺にはとてつもない難題に思えた。


 ♢


《side蘭姫様》


 いつのまにかねてしまって、つきがおへやをてらしている。


 ああ、きょうもひとりなのだ。


 また、びょうきになればタカがへやにきてくれるだろうか?


 そんなことをおもいだしていると、《し》についておもいだして、タカがうごかなくなるかもしれないという、きょうふから、からだがふるえる。


 もしも、タカがうごかなくなったら?


 いやじゃ! 


「蘭姫様」

「えっ!」


 ふるえるわらわをタカが呼んだ。


 どうして? ひとりだとおもっていたところにタカのこえであたたかなきもちになっていく。


「目が覚めましたね。起きた際に一人では心細いと思いまして、すぐに夕食の支度と服の用意をいたしましょう」

「うむ」


 タカのことば1つ1つがわらわのことをかんがえてくれているのが、つたわってくる。タカとごはんをたべて、おきがえをして、でもずっとねていたからねむたくない。


「夜は寒くなりました。蘭姫様が眠くるなるまで共におりましょう」


 タカのからだはおおきく、ひかえのまにじょちゅうがおることはわかっておるが、タカと2人でおるじかんがうれしくて、わらわはたくさんのはなしをタカにする。


 それをタカはうれしそうにきいてくれた。


「のう、タカ」

「はい、蘭姫様。どうされました?」

「わらわがおおきくなっても、わらわのだいかんでいてくれるか?」

「もちろんでございます」

「そうか」


 ウメバアがいつかは、だれかとけっこんするというていた。


 なら、タカとけっこんできたらうれしいな。


 わらわがねむるまで、ずっとタカはそばにいてくれた。

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