第17話

 井上玄斎殿に後ろ盾になって頂く約束を果たしたことで、今後の政治を左右する際には動いてもらうつもりだ。


 だが、こちらが下手を打てば動いてはくれないだろう。

 約束はできたが、ここからは俺と小判鮫の争いの結果次第というわけだ。


 代官と家老というのは管轄が違う存在だ。


 代官が財務を管轄しているのに対して、家老は藩の政務を司る政治家のような存在だ。


 政治家を引きずり下ろすことが、前世でもなかなか難しいことであるように、こちらでも殺して終わりという単純な話ではない。


 小判鮫が管轄する区域や商売人たちがおり、藩民を蔑ろにはできない。


 だからこそ、相手の落ち度を探して失脚させる方法を掴む必要がある。

 弱みを互いに見せないようにして、ここからは牽制が始まることになる。


「新之助」

「はっ!」

「着物を」


 狐介に命じて、俺は決意表明として、ある物を用意させた。


「こちらに」

「うむ」


 物珍しい真っ赤な羽織に、裏地に金色の刺繍でI LOVE RANの文字を刺繍してもらったが、この世界に読める者はいないので、やりたい放題だ。


 推し活として、これぐらいは許してもらうとしよう。


 本来ならば似顔絵なども載せたいところではあるが、流石に自重しなくてはいけない。


 井上玄斎殿にも言われたが、俺の行いは家老たちから見れば歌舞伎者の所業だ。


 ならば、自らド派手は羽織を着て若者らしく、歌舞伎者を演じてやろう。

 腰には太刀を携えて、代官というよりも武士という雰囲気を作り出す。


 だが、この派手な着物にも意味がある。

 子供や文字が読めない人々も、この派手な羽織を見れば、代官の桜木鷹之丞だと認識してくれるのだ。



 決意を新たにしたわけでが、最近は藩内で奇妙な噂を耳にしていた。


 小判鮫家の噂だ。


 小判鮫家は代々美波藩の家老として仕えており、またその屋敷は最も古い建物だと言われている。


 だが、昔から衰退することなく栄華を維持している。


 これは噂だが、座敷童を屋敷に閉じ込めているのではないかと言われているのだ。


 座敷童は、本来発見されれば藩に福をもたらす存在として、藩全体で社を作り崇め奉のが習わしになっている。


 だが、小判鮫家はそれを独占することで富みを強めているのではないかという噂であった。


 もしもこれが本当ならば、ここまで藩が貧乏になった原因の一旦をになっているということで、小判鮫を失脚させる口実になる。


 これは藩の未来が危うくしたという。


 藩に本来の繁栄を取り戻す妨げをしたのだ。


 だが、これを御用改めを行う口実も作らなければならない。


「さて、どうしたものか?」

「もう一つの噂もあります」

「もう一つ?」

「はい。実は、結界の中に化けガラスが現れているというのです」

「化けガラスだと? 蛙が結界を張ってくれているのにか?」

「はい。ですから、何者かが元々美波藩内に妖怪を取り込んでいて、それを放って何かをしようとしているのではないでしょうか?」


 新之助の報告に、蛙を呼び出したいところではあるが。

 彼女は結界の綻びが生じていないのか、点検を行う日々なのだ。


 呼んですぐに来れるものではない。


「まずは、藩民の安全覚悟が先決だ。化けガラスの調査を平八にさせよ」

「かしこまりました」


 新之助が立ち去った後に、蘭姫様の元へ向かえば、すっかり体調が良くなられた蘭姫様がお玉と共に勉強に励んでおられた。


 邪魔するわけにはいかないので、俺はそっと柱の陰で見つめて、その場を立ち去る。


 だが、せっかく幸せな気分になれたというのに、嫌な顔に出くわしてしまう。


「これはこれは代官の桜木様ではありませんか」


 恰幅の良い古狸、小判鮫松五郎と廊下で鉢合わせする。

 

 美波藩では、小判鮫の方が家老という立場が上なために、俺は横に避けて道を譲る。


「はっ! 小判鮫様にお声掛けいただきありがとうございます」

「うむ。それにしても随分と派手な羽織であるな」

「はは、私のような若輩者は顔も覚えてもらえていないのです。ですから、少しでも藩民や家老の皆様に名を知っていただくために、このような派手な着物を選びました」

「ほう、随分と南蛮かぶれだと聞いたが、歌舞伎者というだけでは飽き足らないか? 豊臣の世なら流行ったかも知れぬが、今の世では流行らぬぞ」


 江戸に行けば演芸歌舞伎は存在するが、美波藩の田舎では珍しい存在であることは認めるしかない。


「はは、誰もしておらぬから良いのです。私は私であると主張ができますので」

「ふん、年長者の言うことは聞くものだぞ。着物だけでなく、やることも随分と派手なようだな」

「いえいえ、私など必死に美波藩に尽くしておるだけですよ」


 しばしの睨み合いが続いたが、小判鮫は忌々しい顔をして歩き始める。


「忠告はしたぞ。大人しくしておられよ」

「ご忠告いたみいります」


 立ち去る小判鮫の後ろ姿に殺気を飛ばしそうになるが、どうやら小判鮫藤共々、葬ることに躊躇しなくて済みそうな相手として胸の中に苛立ちと、敵認定をすることができた。


「今はまだ貴様を追い詰める手段がないが、待っているがいい」


 俺はその場を離れて、蘭姫様たちが休憩する場所へ向かった。

 

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