第10話
陰陽術師として蛙は思った以上に使える人材だった。
美波藩はそれほど大きな藩ではないと言っても、人が住んでいる場所を守る結界を張るのは大変なことだ。
それをしっかりと藩全体を包み込むように結界を張り直してくれた。
これまでは材料や、術に必要な気が不足していたのも関係していたのだろう。
食事と睡眠をしっかりと摂らせることで、陰陽術師としての力が飛躍的に増してくれるなら、世話をしたことは間違っていないな。
「陰陽術とは凄いものだな」
武士である以蔵先生からも、陰陽術は習っている。
だが、明らかに違う。
本職の陰陽術師が作った結界は、美波藩の城下町へ妖怪の侵入を防ぐ効果を発揮してくれた。
「そんな! 私は術を学んだだけです。父や、高名な方々はそれぞれに秘伝の技を持っているのです」
「そうなのか? まぁ他の人たちは知らないが、これで一つの懸念が取り払われた。感謝しているよ」
「たっ、鷹之丞様のお役に立てるなら」
恥ずかしそうにしながら嬉しそうな顔を見せる蛙こと、お鶴は照れて嬉しそうな顔を見せる。
美しい彼女を、一人で城下町に出させるのは色々と問題が起きそうだったので付き添いにやってきた。
ただ、初めてあったときとは性格が変わったように明るくなってきたので、一人でも大丈夫なのかもしれない。
「おうおう、べっぴんを連れてるじゃねぇか、小僧!」
そう言って大きな声を張り上げたのは、俺よりも頭一つも大きな男だった。
その周りには子分らしき小柄な男が付き従っている。
新之助が刀に手をかけるが、俺は目でそれを制した。
「なんだ貴様らは! この方を美波藩の代官と知っての狼藉か?!」
刀を抜くことはなかったが、新之助は刀に手をかけたまま声を張り上げた。
今回は、お忍びで城下町に来ていたので名乗りをあげるつもりはなかったが、致し方ない。
「おいおい、こんな小僧が代官様だぁ〜! 笑わせるなよ! 代官様はもっと年配の方でこんな小僧じゃねぇぞ!」
どうやら俺の父上を見たことがあるようだが、見た目は十八歳から二十歳ぐらい。
学は無さそうだが、体格自慢でゴロつきでもしているのだろう。
「鷹之丞様をバカにすることは許さないぞ!」
「許さないぞ、だってよ! ギャハハハ」
新之助が何か言えばいうほどに、揚げ足をとってバカにする。
こういう輩は相手にしないのが一番だ。
「もう良い、新之助。このような輩は相手にするだけ無駄だ」
「おっ! 物分かりがいいじゃんねぇか小僧。なら、そこのべっぴんを置いていけ」
「それはできないな。我々は帰る。邪魔をするなら切り捨てるがよろしいか?」
「くくく! お前みたいなヒョロヒョロに何ができるってんだ!」
俺はこの命知らずの若者たちをどうしたものか? こんなバカでも年貢を納めてもらう藩民ではある。
「あなたたち! 先ほどから聞いていれば、代官様をバカにしたような口を聞いて! ただで済むと思っているのですか?!」
いきなりお鶴が怒声を上げる。
全員が呆気に取られ、美人が怒ると怖いと聞いたことがあるが、腹の底から響くようなお鶴の声に全員があっけに取られる。
そして、結果を張った応用なのだろう。
何かの印を結んだお鶴が術を放つと、大男と子分は身動きが取れなくなり、芋虫のように地面に転がってしまう。
「ぐっうううううう!!!!」
そのまま呻き声をあげ出した大男の体が、締め付けられていく。
「良いですか? この方は美波藩代官、桜木鷹之丞様です! 下々の分際で気軽にお声をかけて良い方ではないのです! 殺しますよ!」
結界術の応用だと思われるが、これで学んだだけの存在なのだとしたら、陰陽術師は化け物ばかりだな。
「蛙!」
「はっ!」
俺が名前を呼ぶと冷静さを取り戻したのか、お鶴が術を解いた。
気絶した二人の男たちを確認して、俺は新之助にお鶴を屋敷に帰すよう指示を出す。
「もっ、申し訳」
「いや、俺のためを思ってしてくれたんだろう。ありがとう」
「そっ、そんな滅相もございません」
「陰陽術師とは凄いな。今後も俺のために力を貸してくれ」
「鷹之丞様のためにですか! はい。喜んで!」
素直に新之助に連れ帰られたお鶴。
俺は一人で残って、気絶した二人の男たちを川へ放り込んで意識を取り戻させる。
「うっ、うわ!」
「おっお!」
「目が覚めたか?」
「おっお前は、いや、あんたは」
どうやらお鶴に灸を据えられて、ビビってしまったようだ。
キョロキョロと辺りを見渡して、お鶴のことを探している。
「大丈夫だ。彼女は先に帰した」
「そっ、そうか」
「それよりもお前たちは仕事をしているのか?」
「うっ!」
「む〜、あっ! 兄貴は元々力士を目指していたんだ。だが、美波藩ではあまり力士に力を入れてないから……」
「やめろ」
なるほどタッパもあり、腕っぷしもありそうだと思えば、力士を目指していたのか。
江戸幕府の頃にも力士は花形スポーツ選手として人気だった。
もちろん、なるためには厳しい稽古として、番付を勝ち上がっていく必要がある。
東西で行われる横綱決めなどは年末年始の模様しとして江戸で開かれるのが通例である。
「つまりは、力士になれなくて無職でゴロつきをしていたわけか」
「うっ、ウルセェ!」
「まぁいい。お前たちのような若い奴らの力を借りたいと思っていたんだ。お前たち。俺に雇われる気はないか?」
「えっ?!」
「同心にしてくれるのか?!」
「いきなりは無理だな。まずは臨時の与力として力仕事をしてもらう」
このご時世、岡っ引きや与力と呼ばれる町の警備をする者たちは全てバイト扱いだ。正社員ではないので、怪我をすれば雇用が切れて仕事を失う。
だが、基本的には与力を雇うのは同心で、代官が直接指示を出すことはあまりない。
なので、こいつらの若さと体格を見込んで、俺専用の与力として雇う。
所謂、雑用係だな。
「与力かよ」
「でも、兄貴! この方が代官なら与力と言ってもそこそこの扱いをしてもらえるかもしれませんぜ」
子分の方はよくわかっているじゃないか。
「む〜」
「まぁ嫌なら辞めればいい。お前たち名前は?」
「そういうなら、俺は
「あっしは、
大男の平八に、チビで出っ歯な六郎を俺は与力として雇い入れた。
どんな者であれ、今は使える駒を増やしておきたい。
同心の半額程度の給料で働くバイト君たちをゲットできたのは大きい。
こいつらも新之助同様に、以蔵先生に鍛えてもらいながら、成長させれば面白いことになりそうだ。
♢
《side平八》
俺は自分の腕っぷしが自慢だった。
だが、陰陽術の女に手も触れないでのされた。
正直ショックだったが、それ以上に、そんな女を従えさせる代官、桜木鷹之丞という男に惚れた。
俺たちを起こした桜木様は、こんなゴロツキをしていた俺たちを雇ってくださるという。正直、めんどうに思うが、一つだけわかったことがある。
桜木様はメチャクチャ強い。
実は、のされてから少しだけ意識を取り戻しつつあった。
そんな俺の巨体を軽々と片手で持ち上げて川に投げ込んだ。
力士を目指していた俺だって、片手で俺と同じ体格のやつを持ち上げるのは無理だ。それが俺よりも小さな体で持ち上げたということは、かなり鍛え込んでいることがわかる。
しかも、刀を使う侍が素手でそれほどの力を持つことに俺は正直ビビった。
だから、心に誓う。
代官、桜木鷹之丞
陰陽術師、蛙
この二人には絶対に逆らってはいけない。
命がいくつあっても足りないからだ。
だが、逆にこの二人についていけば、出世の道が開けるかも知れない。
俺はやるぞ。
どんなきつい命令でも従ってやる。
ここから俺の立身出世の道が開かれたんだ!!!
「死ぬ!」
「なんだ? 一日目だぞ」
やっぱり化け物だ。
次の日に朝早くに稽古をするから来いと言われて行ってみれば、あまりのキツさに死ぬかと思った。
だが、桜木様は丸太を軽々と振り回してやがる。
しかも、あのチビだと思ってた小性も丸太を持ち上げやがった。
俺はとんでもない人の下についたんじゃないか? 生きていけるだろうか?
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