第11話

《side藤》


「ええい! 忌々しい! 今思い出しても腑が煮え繰り返るような怒りが込み上げてきおる。なんとか仕返しはできなんものか!?」


 爪を噛み、少しでも気持ちを落ち着けようと怒鳴り声を上げるが、苛立ちを思い出して余計にイライラがおさまらない。


「藤よ。どうしたのだ?」

「松五郎様! 申し訳ありません。気がどうしてもおさまらないのです」


 夫である小判鮫松五郎様に醜態を見せることはできない。

 

 家老として、現在美波藩の旦那を持つはずなのにどうしてこのような思いをしなくてはいけないのか? それもこれも全て桜木鷹之丞が悪い。


「代官、桜木鷹之丞殿ことか?」

「そうです! どうしてあのような若造に大きな顔をされなければいけないのですか? 前の桜木家は我々に対してへりくだっていたと言うのに!」


 そうよ! 代官風情に大きな顔をされて我慢など出来ようはずがない。


「両親が死んで、子供に変わったからといって融通が効かないのでは、家老衆が蔑ろにされているのではないですか?」


 早口で愚痴を溢しながら、多少は溜飲が下がる思いを感じていた。


「子供の戯言として誰も相手にしておらんよ。自らの蔵を開いて、町民や農民に米を提供したようだが、そんなことがいつまでも持つはずがない。民とは我々武士を食べさせるために存在しているのだ。それを全くわかっておらん」


 小判鮫松五郎コバンザメマツゴロウは、家老として、政務のほとんどを司る。

 松五郎様が私を妻に娶ったことで、美波藩の天秤は小判鮫家に傾いた。

 

 財務は確かに代官の仕事ではあるけれど、政務にまで口出しすることはできないでしょうから、実質はこちらの方が偉い。


 それなのに我々が適当に姫様を育て上げて、甘い汁が吸うつもりが、若造の要らぬ邪魔が入ってしまった。


 全くもって腹立たしい嫌気が差してくる。


「どうにかなりませんの?」

「ふむ。まぁ待て。今は代官として就任して日も浅い。必ずどこかでボロが出るはずだ。その時に弱点をついてしまえば、若者など簡単に崩れていくものよ」

「ふふ、そうね。ここは大人の余裕を見せる時なのかもしれないわね」

「今日は呉服問屋を呼んでおるから、好きな着物でも注文してはどうだ?」

「よろしいのですか?」

「くくく、我を誰だと思っておる。家老の小判鮫松五郎であるぞ」

「素敵」


 私は夫の気遣いによって、やってきた呉服問屋に新しい生地で作らせた着物を注文する。


 やはり、気分を変えるためには買い物が一番ね。


「わかっておろうな」

「これはこれは小判鮫様もお人が悪い」


 旦那様は、何やら呉服問屋と密会をしている様子で、袖に何やら入れておられる。


 こんなことは美波藩では日常的に繰り広げられていること。


 民など、所詮は管理されて虐げられるだけの生き物です。


 私たちを楽しませ潤わせるために存在する。


 もっと、もっと富を私の手に、姫を意のままに操れたなら、裏からコッソリ帳簿を操作することも簡単だったのに。


 代官と結託して、美波藩の藩主代行として、姫に印を押させれば、私たちは好きにお金が使い放題。


 それなのに、あの若造のせいで計画が台無しだわ。


 どうにか姫を取り戻すのか、もしくは我々小判鮫家に貢ぐように仕向けなければいけないわね。


「ふふ、絶対にいうことを聞かせてあげるわ。代官様」


 私は将来を見越して扇子を口元に当てて高笑いを上げる。



《side蘭姫様》


 タカがわらわにユウジンをつくってほしいと、おタマをつれてきた。


 わらわにはきがかりなことができたのじゃ。


「のっ、のう、おタマ」

「はい? なんでしょうか? ランヒメ様」

「うっうむ。そちは、タカのことをどうおもっておるのじゃ?」


 タカがシゴトでこれなくて、おタマといっしょにべんきょうをするようになって、わらわはきになったことをきいてみた。


 わらわとおないどしだという。

 おタマは、わらわがみても、くろかみがとてもめんこいおなごじゃった。


 もしかしたら、わらわよりもタカはおタマのことをすきなのかもしれぬ。


「カンシャしております」

「かんしゃ?」

「そうです。私たちおやこは、サクラギ様に救っていただきました」

「なんと! そなたもか?」

「そなたも?」


 タカはすごいやつなのじゃ! フジからわらわをすくってくれただけじゃない。

 

 たのしいひびをくれたのじゃ。


 おタマと、おたがいのはなしをして、おタマのははをすくったそうじゃ。


 やっぱりタカはすごいのぅ〜。


「そうだったのですね。ランヒメ様もくろうをされてきたのですね」

「わかってくれるか? おタマ」

「はい! 私もランヒメ様のことが大好きです! とてもおキレイであこがれます!」

「そうかそうか、おタマはよいやつじゃのぅ! うむ、わらわもおタマを気に入ったぞ。これからもなかよくしてたもう」

「もちろんです!」


 わらわたちは、すぐになかよくなることができた。


 ハナシはタカのことばかりじゃが、おタマと、はなしているのはたのしいのじゃ。


「お二人とも、そろそろオヤツの時間にいたしましょう。本日は南蛮からカステーラをお取り寄せいたしました。鷹之丞様より、蘭姫様にはたくさんの教養を身につけていただくために、多くの食べ物にも興味を持ってほしいと言われていましたよ」

「カステーラ?」

「そうです。こちらのふわふわとしたお菓子です」


 なんと! ビビである! お茶ととても合うのじゃ。


「ううう」

「どうしたのじゃ?」


 おタマが急になきだしてしもうた。

 こんなときはどうすればいいのじゃ!


「もうしわけありません。このようなおいしゅうお菓子をたべられるひが来るなんておもいもしませんでした」


 なんと! これはおタマはこれまでたいへんなくらしをしておったのじゃな。

 これからはおタマをたいせつにしてやろう。


「たくさんたべるがよい! わらわのぶんもたべるか?」

「いえ、ランヒメ様と一緒に食べとうございます。そのほうがおいしいので」

「そうかそうか、わらわもおタマといっしょにおかしがたべられてうれしいぞ」


 わらわに妹がいれば、このようなかんじであろうか? よし、きょうからわらわはおタマを妹としてかわいがるぞ。


 ユウジンであり、イモウトみたいです。


 いっしょうたいせつにする。

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