第12話

 俺は蘭姫様の顔を見るために、城にやってきた。


 そして、推しの尊さを再認識させられる。


 縁側で二人の幼女。


 中庭を見つめ、足をプラプラとさせながら、蘭姫様と、お玉が幸せそうにカステラを食べて微笑みあっていた。


 尊い!!!


 正直に言えば、心配していた。


 蘭姫様は、癇癪を起こしてお玉を傷つけたり、虐める可能性も考慮していた。


 だが、優しくカステラを譲ろうとする蘭姫様。


 本来の彼女は優しい性格をしていることがわかって、俺は嬉しくなる。

 気高く美しい彼女もいいが、本来の彼女は優しく人を思いやれる子だ。


 彼女を教育して、正しく育ててやりたい。


 俺は二人の邪魔することなく、その場を離れた。



 蛙が結界を張り、平八が川を綺麗にする土木作業を手伝ってくれたことで、街の雰囲気は随分とマシになり。


 農民や町人の炊き出しを行い、一日おきに地域を変えていくように、四日に一度は白米の提供を行うようにして、栄養をつけさせることで民の働きは格段に良くなった。


 これはアメとムチを使い分けているにすぎない。


 だが、このままでは貯蔵していた米にも限界がくる。

 だからこそ、新しい事業を起こさなければ、美波藩は破綻してしまう。


「新之助、本日の予定はどうなっている」

「はっ! かねてより桜木様に面会を申し出ていた越後屋との会談の日です」

「越後屋?」


 越後屋は、元々越後の国からやってきた商人を指している。

 だが、そのほとんどが江戸で商売を行っているが、この美波藩に流れ着いた者もいたようだ。


「どのような要件だ?」

「はっ! 美波藩で商売をして、店を持ちたいと。そのため金を貸してもらえないかという要求のようです」

「なるほどな」


 江戸幕府では、勘定方が幕府の財政を管理する。


 また、各地方の藩では代官がその役目を担うことになる。


 つまりは、財務省の役割を持っていて、代官の年収は藩によって違う。


 500俵〜2000俵(約2000万円〜8000万円)程度だ。


 そこから同心や与力に俸禄(給与)を払って、残った俵から商人に貸し付けを行う。

 商人から利子などをもらうことで、代官は年収をプラスに維持する。


 だが、商人が失敗すれば、利子はもらえないので、プラスにはならない。


 つまりは、代官と商人は支え合う関係にあると言うことだ。

 そのため貸付を行うべき商人を厳選する必要がある。


「会おう」

「はっ!」


 美波藩には、多くの商人たちが住んでいるが、俺のお抱えとなっている商人は今のところいない。


 父上が貸付を行った手形で、請求を行うことはできるが果たして海千山千の商人たちを相手にどれだけ交渉ができるのか、それが大事だ。


 今は蔵に入っていた俵で補っており、手形に準じて素直に返しに来る者を待っている状況でもある。


 取り立てが必要な者を見極めようと思っている。


 もちろん素直に手形通りに利子を払いに来るものは優良商人として、今後も良き付き合いをしていく。


 次に、利子を払えない者、商売が上手く行っていない者も見極めている。


 最後に利子をとぼけて、払う気がない者は容赦なく潰させてもらう。


 商人と代官の関係は、闇の繋がりではなく、代官が銀行で、商人に投資をして見極めるような関係なのだ。


「これはこれはお会いしていただきありがとうございます!」


 揉み手に狐顔、細い目をした商人は、思った以上に若かった。


 いや、俺も十五歳という歳で若くはあるが、目の前の商人は同い年か、少し上程度だ。


「随分と若い商人だな」

「はは、これは手厳しい。ですが、今年十七歳になります。十五歳の元服までは江戸で親元で修行をしておりました。この度、修行を兼ねてこちらの美波藩で商売をさせていただきたいと思って参りました」

 

 顔を見た瞬間から、気づいてしまった。


 狐顔の悪徳商人。


 第一巻で成敗の対象になる男だ。


 代官と結託して、様々な悪事に手を貸していたと記載されていたが、果たして実際にどんな奴なのだろう。


「それで? どういった商品を扱う? 木材か? 呉服か? 米か?」

「へい、私は、全てを取り扱いたいと思っております」

「全て?」

「そうです! 売れる物ならばどんな物でも取り扱う。こちらに商売が行える土地と店、そして銭を貸していただければ、どんな物でも売るための準備を江戸で整えて参りました」


 なるほど、何でも屋か。


 木材屋ならば、家を建てたり修理をする際に大工に誤魔化しをさせて、金銭をちょろまかす。


 呉服問屋なら、服の中に運び入れてはいけない薬などを包んで運び込むことができる。


 米ならば、飢饉などで米を売り渋って金額を上げるなど悪事を想定できた。


 だが、全てを売れると言うことは、どんな悪事でも行えますと、俺に向かって言っているのだ。


「ほう、全てか、越後屋は随分と大きく出たな」

「へへ、何を何をお代官様。私は大言壮語だいげんそうごなことを言っているわけではありません。むしろ、全てのことを一手に行うことのほうが効率が良いのです。どんな仕事でも、人です。その人をどうやって上手く使うのか? それに尽きるのです」


 つまりは、派遣業か、人を上手く使ってどんな仕事でもしてみせる。

 そのパイプとして、江戸の親元が材料や仕入れ先としてあることが強みであると。


「ふむ。面白い。して、いかほどの借り入れを望む?」

「こちらほど」


 目録を持参した巻物を新之助に受け取らせて、俺の元へ持って来させる。


 受け取った内容を読めばなかなかに大事業であることは間違いない。


 だが、この男は俺が頭の中で考えていた構想を、同じく考えていた人物だった。


「ほう、この計画はお前一人で考えたのか?」

「……」


 俺の言葉に越後屋はニッコリと微笑んだ。


「面白い男だ。我は桜木鷹之丞と申す。この申し出受けよう」

「はは! 越後屋の弧介コスケと申します」


 名前を聞いて確信した。


 この男は悪徳商人と呼ばれながら、この美波藩で若いながらにのし上がっていく凄腕の商人だ。


 未来で互いに断罪される存在かもしれないが、現状の美波藩を変えるためには、この男の力が必要になる。


「期待しているぞ。越後屋」

「何をおっしゃいます。お代官様」


 俺たちは楽しくて笑い合った。


 なぜか、新之助がゾッとした青くなっていた。 

 

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