第9話

 美波藩は城を中心に城下町を作り、浜辺や畑を含んで大きく外壁を作っている。


 かつて、この地が戦国時代であったため、悪鬼羅刹、魑魅魍魎、百鬼夜行。


 恐ろしき妖怪たちが力をつけて、日の本の国全体を埋め尽くしたという。


 そんな妖怪たちから民を守るため、陰陽術師が作り出す結界は必須になった。


 ただ、街と街を行き交ったり、他国へ旅をする際には、それなりの準備がいる。


 妖怪たちも誰でも彼でも襲ってくると言うわけではなく、魔除けの護符や、陰陽術師が編み込んだ羽織を着れば、妖怪を遠ざけることができる。


「タカ、よのなかにオバケがいるというのはほんとうか?」


 夏の風物詩である百物語はどこの界隈でも語られる物だ。


 だが、この世界では夢幻ではなく、実際に起こり得る内容だからこそ気をつけなければならない。


 どうやら梅婆から魑魅魍魎の話を聞いて、蘭姫様は怖くなってしまったようだ。


 ビクビクと俺の膝の上で怖がる推しは、とても可愛らしい。


 本日は俺が到着するなり、「膝に座っても良いか?」と問いかけてきた。


 もちろん俺は「どうぞ、鷹之丞の膝は蘭姫様のものです」と差し出した。


 そして、始まった妖怪がいるのかという問いかけに、おどろおどろしく答えてしまえば恐怖を煽ってしまう。


「そうですな。江戸幕府の世になって、徳川家は陰陽術師たちの力を借りて、魑魅魍魎を討伐任務を出されております。戦国時代に比べれば、数は昔よりも減っているとおりますが、多少はいると思いますぞ」


 妖怪たちは恐ろしい物として捉えれば力を増すと言われている。

 だからこそ、あっけらかんと事実として伝え、その上で心配ないことをお伝えする必要がある。

 

「そうなのか?」

「はい。ですが、我が美波藩にはお抱えの優秀な陰陽術師がいるのです」

「オンミョウジュツシ?」


 上手く発音は出来ていないが、この機会に蛙のことを知ってもらうのは良いだろう。


 本当は、蛙の娘であるお玉を姫様の友達にできたらどうだろうと、蘭姫様の様子を見てからと思ったが、丁度良いな。


カエルをここへ」


 控えていた新之助に声を掛けて、蛙とお玉を呼んでもらう。


 幸が薄そうな顔立ちをした儚げで美しい女性は、緑色の着物を着て、中庭で平伏する。


「はっ! ここに」


 お玉も蛙の後に控え、オカッパ頭に真っ黒な着物を着た幼女が同じように平伏している。


「このものたちはなんじゃ?」

「この者は美波藩の陰陽師で、蛙と申します。蛙よ、挨拶をせよ。藩主様がご息女、蘭姫様であるぞ」

「はっ! 藩主様のご息女、蘭姫様におかれましてご機嫌麗しく。私は、美波藩で陰陽術師として、雇われております。蛙にございます」


 名のある陰陽師は、江戸や京都など都に集まっていて、一段落ちる者たちはお抱えとして名のある大名に仕えている。


 美波藩は蛙を奴隷のように扱っていたので、個人的に契約を結び直して、現在は俺のお抱えとなった蛙だが、俺のお抱えということは蘭姫様の部下であることは間違いない。


 蛙は結界術師と呼ばれる一族の出身で、媒介に使って藩全体に結界を張ってくれている。


 ただ、結界を作ることは得意だが、それ以外の術はそれほど凄くはないと本人に教えてもらった。


 そのため守るのが精一杯で、妖怪退治にまで力が回るほどの強さを持たない。


 だが、美波藩を守ってくれているだけでも俺としては十分に役に立ってくれている。


 守りというのはどうしても地味であり、目に見えた成果が存在を出しにくい。


 お守りや、保険などと同じで、何かあったときには助かったと思うが、何もなければ無用の長物として扱われてしまう。


 だが、何も起きないように事前に手を打っておくことこそが大事なのだ。


「この者たちが結界を美波藩の全域に張ってくれているので、蘭姫様も美波藩の民たちも安全に暮らせているのです」


 触媒となっているカエルたちを畑や溜池などに放つことで、結界の楔となり維持している。


 また触媒にしたカエルが子を成せば、触媒としての役目は受け継がれる仕組みになっている。


「そうだったのか!」

「はい。おばけから蘭姫様を守る者です。どうか覚えてやってください」

「うむ、たいぎであるぞ! カエル」

「はっ! ありがたき幸せ」


 蘭姫様は藤から距離を取らせてから、随分と穏やかになられた。

 梅婆の話では、勉強にも意欲を持っており、習い事も楽しそうにしているという。


「また、蛙の娘であるお玉を蘭姫様の護衛兼、友人と紹介したいのですが良いですか?」

「ともだち?」

「はい。蘭姫様と同い年で、陰陽術師の家系出身のお玉です」


 俺が紹介すると、蛙がお玉の背中を押して前に出す。


「おはつにおめにかかります、ラン姫様。みなみはん、せんぞくおんみょうじがむすめ、おタマにございます」


 オカッパ頭の幼女が蘭姫様と会うために即席で覚えた挨拶はなかなかに様になっている。


「おタマというたか、ミナミランじゃ。よろしくたのむぞ!」

「はい!」


 俺は二人を下がらせて蘭姫様と話をする。


「蘭姫様、大人だけでなく同年代の友人と遊びください。そうすることで、蘭姫様はたくさんのことを知るようになり、さらに成長されるでしょう」

「ゆうじん?」

「そうですね。お玉は陰陽術を学びます。私や蘭姫様が知らないことを勉強しているので、きっと面白いと思いますよ」

「そうか! タカがいうのであればたのしみなのじゃ」


 笑顔で応じてくれる蘭姫様はとても素直だ。


 そして、お玉も十分に美少女になる素質を持っている。


 蘭姫様とお玉という幼女の二人が遊ぶ姿は尊い! 


 お鶴と俺が仕事をしている間に、梅婆に蘭姫様とお玉の教育を頼むことで、お鶴の仕事をする時間も確保できるので、一石二鳥で問題解決が行える。


 くくく、効率的に人を使って思う通りにしていくのが、ここまで楽しいとはな。


 

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