第8話

《side陰陽術師、蛙(お鶴)》


 私の人生はずっと虐げられる日々でした。


 陰陽術師だった父は、男性至上主義で女性である私のことはほとんど視界にも入れないで幼少の頃は、私と同じく虐げられていた母に守られながら暮らしていました。


 そして、私が成人すると、すぐに陰陽術師の夫の元へ嫁がされて、それ以来両親にはあってはいません。


 夫になられた男性は、陰陽術師の業界では有名な方ではなく。


 十も歳の離れた方でした。


 実力は中堅といったところで、蛙を触媒にして仕事をしていました。

 私は陰陽術師の娘で、陰陽術師を産むために嫁がされたのです。


 ですが、私の元に生まれたのは娘でした。


 夫は父と同じく娘には関心を示すことなく、子供を産んだ私に対しても興味を失ったように、外に女性を作って帰ってこなくなりました。


 たまに帰ってきた際には、生活のことや子供の話をしようとすると……。


「貴様は私のいうことを聞いて入れば良いのだ!」


 そう怒鳴られて何も話せなくなります。


 生きていくためにはお金を稼がなくてはいけません。

 私も陰陽術師の父の元に生まれ、術を学び、夫と結婚して美波藩へやってきました。


 町人の皆さんに占いをすることで日銭を稼ぐ日々です。


 夫は美波藩の領主様から碌を頂いていても、私と娘に使ってくれることはありませんでした。


 自分のことばかりで、次第に城下の結界を張る仕事も私にやれというようになりました。夫の代わりに結界を張り、妖怪たちを退ける日々。


 子供ができた時は、あの夫の子供だと嫌悪を抱きました。

 

 ですが、子供に罪はなく、自分がお腹を痛めて産んだ子を可愛いと思えるようになりました。


 妖怪退治をすればするほど、私の姿はみすぼらしくなり、着飾るよりも日々の仕事と家事に追われていく日々に体だけでなく心も疲弊していきます。


 そして、ある日……。


 美波藩の領主様に付き従って江戸に向かった夫の訃報が届きました。


 藩主様を守って死んだそうです。


 本当に? 夫がそんなことをするのだろうか? だけど、鬼に殺されて届いた遺体。


 死んだことは間違いありません。


 あ〜これからどう生きていけば良いのでしょうか? 最低な夫ではありましたが、美波藩の領主様と契約を結んで専属陰陽術師として雇われていたのは夫です。


 職を失って住む場所もなければ子を育てることはできません。


「陰陽術師の蛙が妻であるな?」

「はっ!」


 私は連日の仕事に疲れ切っていた上に、夫の死で途方に暮れていました。


 そんな私に美波藩の領主様、それに美波藩の家老様や、代官様などお偉い人たちの前に呼び出されて、陰陽術を使えるのか聞かれ、「はい」と答えると、今後は私に陰陽術師を任せると契約書を書かされました。


 他に行く所のない私はろくに契約書を見ないで名前を書きました。


 ただ、陰陽術師は男性が主流な社会です。


 普通に契約することはできないと言われて、契約書には、美波藩で住む権利と生きるのにギリギリの金額が提示されていました。


 それでも陰陽術しか取り柄のない私にとっては、娘を育てるためにここで生きていくしかないと思いました。


 ですが、実際に契約が成立すると、今度は年貢を納めろと言われ、今まで以上に酷い仕事量に次第に体が追いつかなくなり、娘にもまともな食事を与えてあげられない日々が一年ほど続いたところで、また呼び出しを受けました。


 呼び出された屋敷は代官様のお屋敷です。


 また、酷いことをやらされるのだろうか? 不安と絶望の中で私が平伏していると、凛々しい若武者が私に声をかけてきました。


「うん。浮浪者か?」


 彼の目には私が汚い物に見えたのかもしれません。

 絶望する私に若武者様は、新たに代官に就任したことを告げて、私と娘を風呂に入れるように指示を出しました。


 女中さんたちがやってきて、全身を隅々まで洗われます。


 久しぶりに入る温かなお湯に涙が溢れそうになりました。


 そして、朝食を一緒にしようと言われ、綺麗な着物に住む場所。


 まともな給与など、これまでとは雲泥の差がある待遇で私を出迎えてくれたのです。


 しかも、女性である私のことを蔑むこともなく、普通に接してくれる代官様などどこを探せばいるのでしょうか? そんな方はこの太平の世でも聞いたことがありません。


「母上、綺麗って言われてたね」


 離れの部屋を与えられて、一息ついた私に娘のお玉が嬉しそうに声をかけてきました。


 私をからかうようなお玉の言動に、私は一瞬で顔が赤くなるのを自覚します。


 これまでの人生で、私に綺麗などと言ってくれた殿方はおりません。


「もっ、もうお玉! 母上をからかうものではありません」

「でも、母上、嬉しそう。それに代官様、凄くカッコ良かったね」


 代官様のお姿を思い浮かべて私は顔が熱くなるのを感じます。


 まだ元服されたばかりということは十五歳ぐらいです。

 私とは七も歳が離れていて、何を私は舞い上がってしまっているのでしょう。


「失礼」

「はい?」


 娘と話していると、一人の老婆がやって来ました。


「美波藩主蘭姫様の教育係であり、桜木家筆頭女中を仰せつかっております。梅にございます。入ってもよろしいですか?」

「はい!」


 桜木家の女中頭と言われて、私は慌てて扉を開きました。


「失礼。あなた様が陰陽術師の蛙様ですね」

「はっ、はい」


 迫力のある老婆に圧倒されてしまう。


「桜木家に住まわれるということで、一つ忠告をさせていただきます」


 代官様に変な気を起こすなと釘を刺しにきたのだ。


 先ほどまで浮かれていた自分を諌められる。


 私はビクッと震える。


「……はい」

「蛙殿、もしも鷹之丞様のお手付きとなった際には、この梅婆に一報くだされ」

「はっ?」

「うん? どうかされましたか? それほどの美貌をお持ちなのです。鷹之丞様が間違いを起こすことはあり得るでしょ? この家に住むのです。その覚悟はおありでは?」


 お手付きと言われて私は顔が熱くなるのを感じる。


 代官様が私を……。


『鶴、良いではないか』


 あの凛々しい若武者の腕に抱かれる自分を妄想してしまう。


「ふむ。覚悟はあるようですね」

「あわわあわわ」

「ふふ、それでは化粧の仕方なども今後は指導させていただきます。あなたは素材が良いのです。どうか、今後も鷹之丞様をお願いします。あの方はご両親を失って、ご家族がおらないのです。裏切りだけはご勘弁を」


 女中頭の梅さんは、私がここに住むと聞いて、ご挨拶に来て下さったのだ。


 ここはとても温かな人たちがいるのだと、改めて私は娘のお玉を抱きしめた。

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