第3話
蘭姫様の呼び出しは、お話がしたいということだった。
どうやら挨拶の際に、『姫様の代官』といった発言が気に入ったようで、たまに会いに来て欲しいと言われてしまった。
ふふん、推しに会いたいと言われるとかご褒美でしかない。
だが、幼い少女が親に放置されて、人恋しいと感じているのだろう。
あの太った藩主が良い影響を与えるとは思えない。
俺は絶対に寂しい思いをさせないようにしないとな。
そのため数日に一度は面会をする約束をした。
屋敷に戻った俺は、すぐさま藤と呼ばれる教育係について調べた。
美波藩領主の妹で、現在家老を務める
藩主夫婦が江戸に滞在しているのを良いことに、妹の藤は姫様の教育係として贅沢をして、夫の小判鮫は年貢の横領や、商人との癒着などの痕跡が見られた。
蘭姫様に対しては、我儘放題のバカ姫にさせるために甘い言葉をかけながらも、自分たちの意に沿わない時には叱りつけるという毒親のような躾け方をしていた。
ならば、俺の取るべき行動は決まった。
♢
蘭姫様を守るためにも、この世界にいる魑魅魍魎に負けて死ぬことは許されない。
だから、俺は自分を鍛え直すことにした。
「さて、新之助、本日より剣術を習うぞ。付き合え」
「はっ!」
十歳にして、新之助は剣の達人だ。
だが、それはあくまで稽古の上であり、今回は実践を学ぶために作中に登場する人斬りを呼び寄せた。
「先生。お願いします」
俺が声を掛ければ、明らかに強面の男が入ってきた。
小説内で、悪役家老が護衛として雇う名のある人斬りとして登場する。
だが、作中では耄碌した老人で、正直お笑いキャラでしかなかった。
だが、まだ十年以上若い今なら、家老が護衛に選ぶほどの強さを残しているかもしれない。
そんな期待をもって呼び寄せた。
「人斬り以蔵さんだ。年齢は重ねておられるが、実践経験がある先生を呼んだ。どうぞお願いします」
「お願いします!」
俺の紹介に続いて、新之助も挨拶をするが、その瞳は疑わしい目をしていた。
「うむ。二人の力を見させてもらおう。木刀を振ってみろ」
そう言って二人の前に出されたのは、木刀ではなく木刀の10倍は太い丸太だった。
重さにして三十キロはありそうな丸太を振れという。
「鷹之丞様、これを振るのですか?」
身長が高い俺はなんとか持ち上げることができたが、新之助は持ち上げることもできない。
「そうみたいだな」
「剣術は力だけでするものではありません! このようなことして、本当に意味があるのですか?」
新之助の疑問も、もっともだと思う。
この方は一体どんな訓練をさせようとしているのだろうか、わからない。
「先生、確かに素振りは大切だと思いますが、我々は先生の流派も知りません。申し訳ありませんが、実力を見せていただけませんか?」
「よろしい。我が流派は陰陽術を取り入れた、陰と陽の二つの型があり、奥義はその二つの境地を極めた者にしか使えん。見ていなさい」
俺たちは先生が目を閉じて刀を振るう瞬間に集中する。
「はっ!」
それは声だけが響いて、何も起きていない無だった。
「先生?」
俺が呼びかけた瞬間、中庭にあった石の置物が真っ二つに切り裂かれた。
「なっ!」
「陰陽術の極みは無にあり。奥義、無我の極みにございます」
いやいやいや、こんな達人がなんで美波藩の領地でボケ老人なんてしてんだよ。
十年後に本物のボケ老人になるにしても、凄すぎるだろ。
そりゃ悪役家老も護衛として雇うわ。
「凄いです! 鷹之丞様! 私はこの技を使えるようになりたいです!」
新之助はすっかり以蔵先生を尊敬してしまった。
いや、俺だって尊敬するけど、これって人が使える境地を超えてない? 妖怪とか出てくる世界だから人も化け物の領域まで成長できるってことなのか?
「そうだな。俺も使えるようになりたい」
「よろしい。それではお二人には我が流派である無極流剣術を伝授させていただく。これまで多くの弟子を取ろうとしましたが、あまりにも過酷な訓練に耐えられた者はおりませんでした。ふふふ、我も地獄へ参る前に、よい思い出ができそうです」
これはヤバい人を師匠にしてしまったのではないだろうか?
その日は体が動かなくなるまで丸太で素振りをさせられた。
♢
あれから毎日、早朝に起きて素振りをしている。
体は筋肉痛でボロボロだが、なんだか筋肉が付いてきた気がするので楽しい。
「二人とも筋が良い!」
「ありがとうございます! 先生」
「ありがとうございます」
俺は丸太を毎日100回。
新之助は、丸太の素振りをするために筋トレをしている。
無極流を学ぶ上で最低限の筋力が必要ということで基礎訓練の一環としてやっているが、メチャクチャ大変だ。
「無極流は、陰陽術の応用でもあります。そのため陰陽術についても学んでいただく」
師匠は陰陽術も教えられるそうなので、俺たちに陰陽術を教えてもらうことになった。
「陰陽術は本来、星見の仕事をします。天文学を納め、陰陽の気の流れを知り、時を見るのです」
先生が言うことはさっぱりわからない。
だが、要点をまとめると。
先生が教える陰陽術は、天体観測と、龍脈と呼ばれる地表に流れる気を操ることで、体の中にも、陰の気と、陽の気が流れていて、それを操作することができるという。
また、五行と呼ばれる自然の力を、陰陽術に加えることで、特殊な力を発揮することができて、様々な応用術へと発展させられる。
だが、それらは各々が自らに合う方法で術を鍛えることが大切であるため、先生が教えてくれたのは、基礎の天文学と龍脈の見つけ方だった。
「太陽が昇り、沈んで月と変わる。天にも陽があり、陰が存在します。また、体にも陰陽が存在しており、それは気の流れと同じ」
俺たちは先生のもとで陰陽術を学びながら、筋トレをする日々を過ごした。
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