第4話

 剣術と陰陽術の訓練をしながら、代官としての仕事も行わなくてはならない。


 そして、俺がここまで頑張っている理由として、蘭姫様を幸せにするためだ。


 本日は、約束通り蘭姫様と共に饅頭を食べながらお茶をしていた。


 蘭姫様は俺が藩主として心構えを持ち、怒りたいときは俺に相談してから怒ってほしいと伝えてから、女中たちを怒ることがなくなった。


 そのため二人でいるときは楽しく話ができる環境になり、女中たちに対しても機嫌良くニコニコと接して楽しそうな顔をしてくれている。


「蘭姫様! このようなところでいつまで遊んでおられるのですか?!」


 そんな蘭姫様との幸福な時間を邪魔するバカが現れた。


 姫様に対して高圧的な態度で言葉を発した女中に視線を向ければ、年齢にして三十代半ばの女性がこちらに向かってきている。


「ふじ」


 蘭姫様は、名前を呼ばれてビクッと肩を振るわせている。俺の推しを怖がらせやがって。


 こいつが全ての元凶か。


「いつも言っているではありませんか、休憩は半刻だけで、それが終われば勉強をするためにお部屋に戻りくださいと!」


 怒鳴るようにガミガミと叫ぶ教育係の藤。


 廊下をバタバタと歩いてくる彼女の前に、俺は立ち塞がって蘭姫様を庇った。


「失礼、美波藩の代官に就任した桜木鷹之丞だ。貴殿は何者だ?」

「これはお代官様! ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は、蘭姫様の教育係をしている藤にございます。美波藩主の妹で、蘭姫様の叔母に当たります」


 なるほど、家老の小判鮫家ではなく、より権力を象徴するために、美波藩主の妹で蘭姫様の叔母と名乗りを上げるのか。


 だが、この者が全ての元凶だとわかった以上は、のさばらせておくわけにはいかない。

 

「ふむ。すまぬが、蘭姫様は私と大事な会談中だ」

「それは!」

「それと、今後はこちらで蘭姫様の教育をさせてもらうつもりだ。藤殿は本日でお役御免くだされ」

「なっ!? そのようなこと! 美波藩主様が許すはずがありません!」


 くくく、そういうだろうと思って、俺はここ数日は蘭姫様に会いにきても藤殿と鉢合わせしないようにしていたんだ。


 美波藩主様から返事が来るのを待っていたのだ。


「それについてはすでに許しを得ておる」

「なっ! 代官風情が決められるはずが!」

「何を言われるのだ? 私は美波藩主様より、全権を預けられているのだ。それは蘭姫様の教育係を決めるのも私の裁量で可能ということだ」

「ぐっ! 藩主様にご報告させていただきます」

「ふむ。すでに我の方から連絡をさせてもらった」

「なっ!」


 許しを得ていると言っているのに信じないので、袖から手紙を出して見せつけた。


 そこには、美波藩主様の印が押された代官の好きにせよという一文が書かれていた。


 こちらの行動の速さに絶句して言葉を失ってしまう。

 だが、こちらとしては未来の断罪に向けて余計な者は排除しておきたい。

 

「しかし、蘭姫様はまだ五歳なのですよ!? 教育係を変更するなど」

「今までの美波藩は我が父が色々と藩主様や家老様方の融通を聞いて取り仕切っておられた。だが、これからは私の時代になる。何か文句があるのか?」


 ありがたいことに子供ながらに我が身は人相が悪い。

 睨みを聞かせれば、かなりの威圧を放つ。


「ひっ!」

 

 悪人顔も役に立つ時があるものだ。


 さすがは悪代官と自分で拍手を送りたくなるが、使える物はなんでも使わせてもらう。


「それとも貴殿は、代官の言うことを聞かずに、身を隠す方を望むか?」


 身を隠すとは、命に従わずに切り捨て御免でも良いかと問いかけた。


「滅相もございません!」


 刀に手をかけて最終警告を行えば、そそくさと藤は立ち去っていった。


「タカ? フジはどこにいったのだ?」

「申し訳ございません。どうやらフジ殿は病気になられた様子で、今日より蘭姫様の教育係は代わりの者をこちらに寄越します。蘭姫様のことは私がお守りします」

「......うむ。タカはずっとそばにいてくれるのか?」


 可愛い少女が首を傾げて問いかけた内容に、俺は笑顔を浮かべる。


「ええ、蘭姫様のお側におります。何せ姫様の代官ですから」

「ならば、タカのいうことをしんじるぞ!」

「はっ! ありがたき幸せ」


 俺が頭を下げると、その小さな手で、俺の頭を撫でてくれる。


 彼女のことをしっかりと教育して幸せにしてやろう。


 ♢


《side美波蘭》


 わらわはずっと一人だった。


 ちちうえも、ははうえも、えどでくらしておられる。

 ずっとおしろにはかえってこない。


 きょういくかかりのフジは、わらわのすきにしていればよいといってくれるが、だれもわらわといっしょにはいてくれない。


 さみしい。


 そんなわらわのまえにひとりのブシがあらわれた。


 しろで、みかけるだれよりもわかくて、おおきくて、とてもきれいなブシ。


 ブシはいった。


「姫様の代官にございます」

「わらわの?」

「はい。姫様のです。どうか鷹之丞とお呼びください」

「たっ、タカノジョウ」


 うまくいえなくてはずかしい。


「言いづらければ、鷹と呼んでください」


 タカはとてもやさしい。


 わらわのこころにすずやかなかぜがとおりすぎて、またたくまにわらわのけしきをかえていってしまう。


「藤殿はご病気になられたようなので、代わりの者を用意します」


 フジのことはあまり好きではなかった。

 だけど、これまでもわらわにはフジしかおらなんだ。


 だから、すこしだけホッとして、すこしだけさみしかった……。


「......うむ。タカはずっとそばにいてくれるのか?」

「ええ、蘭姫様のお側におります。何せ姫様の代官ですから」

「ならば、タカのいうことをしんじるぞ!」

「はっ! ありがたき幸せ」


 タカはそれからまいにちのようにあいにきてくれた。


 タカがつけてくれたきょういくかかりのウメバアは、やさしいおバアちゃんで、わらわにいろいろなことをおしえてくれた。


 いちばんききたいことは、タカのことじゃ。


「良いですか、蘭姫様。鷹之丞様は幼少期からそれはそれは優秀でお優しい方でした。少しばかり真面目で融通の効かないところはありますが、それがまた可愛くて」


 ウメバアは、タカのことをよくしっていて、わらわにたくさんはなしをしてくれる。


 すごくたのしくて、タカがだいかんとしてはたらくために、わらわもいっぱいきょうりょくするためにべんきょうをがんばろう!


 いっしょにいてくれてありがとう、タカ。


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