第41話 玄関、信号
玄関から出ると、夜になっていた。
「所望していた闇だぞ、さあ、出てけ」
玄関先からヒトロは青枝へ告げた。
「闇の奥に行けよ、さあ」
「トコロテンみたいに押し出すんだな」と、青枝はコメントを述べて、夜空を見る。
満月だった。月面は少し青白い。
「いいか、俺はトコロテンではないぞ」
「なんの注意だ、謎過ぎるんだよ。どうしようもねえ、な。いいから、失せろ。おれのプライベート空間から遠く離れろ、願わくば成層圏あたりまで」
「お前は、アップルに似てると思う」
「知るかよ」
「じゃあな」
青枝は敷地から外へ出た。ヒトロは少し時間差で、不機嫌そうに「ああ」と、言った。
そして、青枝は夜の住宅街の中へ乗り出す。外套はあるものの数は少ない。代わりに、各家の玄関先の明かりがつけられているので、充分な照度は保たれていた。それに、月も明るい。
他に歩く者はいなかった。青枝は携帯端末を取り出す。切っていた電源を入れる。完全にシステムが起動して三秒後、アップルから着信があった。
『おろかな』と、まず言った。『電源つけると、あんたの居場所は一瞬で知れ渡るよ、有象無象の賞金稼ぎたちに。設定で位置情報切っても無駄だという、向こうがあんたの位置を把握するために使うのは違法な追跡だと教えたろうに』
「まじ、こまったもんだな」
そう返し、青枝は話ながら歩く。
『わかっていて、なお、電源を入れた理由は』
「電源入れればかけれくると思ってな、お前が」
『トラップだったか』
「お前の声を聞きたかった」
『なんでよ』
「嘘だ」
『嘘で安心したわたしがいるぜ。というか、そんな戯言を長引かせれば、長引かせるほど、あんたの位置は相手に正確にわかってしまうけど』
「契約かえても、番号かえてもすぐみつけるしな、俺の場所。機械のチカラはすごい』
『電源切る以外、セカイから逃れる術はない。そうことだから、これが、セカイと遣り合う日まで、わたしとあんたの最後の会話になる、って認識でいい』
「ああ、もうその時まで電源はつけない」
『そっか、つかまるなよ、三世』
「お前しかその呼び方してないからな、アップル」
『あんたがリアルに捕まって終わるのは、つまらないだけだから。その結末は、わたし嫌いな物語だ』
「たのしませるさ」
そういって、青枝は通話を終える。とたん、携帯端末に、無数のメッセージが送信されてくる。それを一切確認することなく、携帯端末の電源をオフにして、ポケットへしまい込む。そのまま歩き続けているうちに、横断歩道まで来た。
歩行者側の信号は赤だった。帰宅時間帯ということもあってか、交通量は多かった。
青枝だけがそこに待って立つ。やがて、近くの車道に軽自動車が停車した。乗車していたのは若い二人組の男女だった。青枝の方を見て、世話しなく、携帯端末を操作している。そして、青枝の横に男が立った。その後、もうひとり、男が斜め後ろに立った。
現れた男ふたりは、わかりやすく緊張していた。ほどなくして、一人が青枝の右の手首を掴む。だが、掴んだものの、さほど強い握力はこめられていない。誰かを拘束するという行為に対する抵抗感の中、それでも、賞金首の確保しようとしているため、戸惑いの拘束だった。
青枝は相手を見る、やがて、「そっか」と、言い、拘束する相手の手を、やんわりと自身の手で外すと「わかった、こうするよ」と、いって車道へ歩み出す。まだ、歩行者側の信号は赤のままだった。行き交う車を見定めながら、車道を渡る。クラクションが鳴ってもかまわず、横断する。
その様子を目にし、不自然な挙動で青枝のそばに現れたふたりは、動揺した。一瞬、車道を渡ろうと試みる様子もあったが、車が行き交う夜の車道へ飛び込むことに躊躇が見られる。
そして、青枝はそのまま、車道を渡り切る。
信号はまだ、赤のままだった。
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